黒き心を無くして、丹き心を以ちて、清潔く斎慎み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし、右を右とし、左に帰り右に廻る事も万事違ふ事なくして、太神に仕へ奉れ。
元を元とし、本を本とする故なり。
当ブログ管理人の一文字です。
愛知県岡崎市の田舎神主。
融通の利かない頑固者です。
神社のこと、神道のこと、
世の中のこと、日々の出来事、
家族のこと、などなど。
私、一文字が、
気分次第で記していきます。
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「心の宅急便」
毎週火曜日、お昼の12時45分から出演しています^^;
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- 2009年05月07日の記事
FMおかざき「心の宅急便」の30回目。
放送は一昨日の5月5日でした。
UPが遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
----------------------------------------------------------------------
今日5月5日は、「こどもの日」ですね。
毎度お馴染みの祝日法には、
「母に感謝する日」?
とお思いの方も多いと思いますが、それは後程・・・・。
さて、5月5日は「端午の節供」ともいいますね。
3月3日の上巳の節供(桃の節供)に対し、今日は男の子の節供です。
男の子の成長を願って、
鎧兜を飾る
鯉のぼりをあげる
粽(ちまき)を食べる
柏餅を食べる
菖蒲湯に入る
・・・・
などの風習があることはご存知の通りです。
ちなみに、節供(節句)は、年に5つあって、「五節供」といわれます。
そもそも、「節」=「季節の節目」ということです。
季節の変わり目に体調を崩しやすいのは今も昔も変わりません。
そこで、、この節目の日(節日)には、祓いや禊ぎを行って、邪気を祓い、無病息災を願う風習が古くからありました。
「節供」というのは、「節日のお供え」の意味なんです。
節日を祝う祝宴の食事の意味でもあります。
「節句」と表記する事もありますが、上の意味では 節句でなく「節供」と表記した方がその意味合いに相応しいような気がしますね。
話がそれました。
「端午の節供」に戻ります。
もともと中国に起源があるのですが、・・・
「端午」というのは、旧暦五月(午の月)の「最初の午の日」という意味なんです。
「端」は「端緒」という言葉があるように「最初」という意味ですね。
ですから、必ずしも5月5日ではなかったんです。
それが、次第に旧暦5月5日に固定されるようになったということのようです。
「午」の音が「五」に通じたともいわれます。
5が重なることから「重五」ともいわれますね。
中国の古俗を伝える『荊楚歳時記(けいそさいじき)』という6世紀頃の有名な書物があります。
この中には、
この日には薬草をとり蓬の人形を門にかけて毒気を祓い、菖蒲酒を飲み、また五色の絹糸で日月星辰、鳥獣をかたどった続命縷(しょくめいる)というものを作って腕にかけた。これは災厄を除き病魔を避けるためである。
と記載されているそうです。
一方、我が国でも古くから、各節供には祓いの行事が行われていました。
この五月の節供には、菖蒲、蓬など香りの強い植物に魔除けの力を認め、身に着けたり屋根に挿す風習があったようです。
このことは『続日本紀』など奈良朝の記録にすでにみられます。
さて、端午の節供は、男の子の節供ですが、・・・
古くから宮中では騎射、走馬の行事がこの日に行われていました。
上賀茂神社の賀茂競馬(かものくらべうま)などにその起源があるようです。
民間でもこの日の行事には練武、競技の類が多く行われています。
印地打(いんじうち)という石合戦や、凧揚げ、綱引き、競馬、などですね。
時代が下ると、「菖蒲」が「尚武」(武をたっとぶ)に通ずることから、特に武家社会で次第に男子の出生を祝い、成長を祈願する節供となったといわれています。
それが、江戸時代以降、庶民に広まっていったというこのとのようです。
端午の節供につきものの兜飾り・武者人形(五月人形)には、男の子の身を守るという意味があります。
武運長久を願うということですね。
そう言えば、端午の節供だけではないですが、「天神さまの人形」を飾る風習も広く見られます。
男児誕生を祝して里方より贈られた「天神さま」人形を、正月の初天神や節供に飾って祝う習俗です。これは全国的に広く見られるようです。
また、「鯉のぼり」ですが、これは中国の故事に由来します。
黄河の竜門という滝を多くの魚が登ろうと試みたが悉く失敗。
一匹の鯉が登り切り、竜に成ることができた。
という「鯉の滝登り」の故事ですね。
つまり立身出世の象徴なわけです。
もともとの形は真鯉(黒い鯉)のみで、次第に・・・・
明治時代から真鯉(まごい)と緋鯉(ひごい)の対で揚げるようになり、
昭和以降からは家族を表す物として子鯉(青い鯉)を添えた物が主流となったようです。
さてこの鎧兜や鯉のぼりですが、「武家の虫干し」がその起源だという説もあるようです。
江戸時代の武家で、菖蒲=「尚武」から男児の立身出世・武運長久を祈る行事であったことは前に言いました。
この日、武士の家庭では、虫干しをかねて先祖伝来の鎧や兜を奥座敷に飾り、
玄関には旗指物(幟)を飾って、家長が子供達に訓示を垂れたんだそうです。
(ウチでもやってみようかしら^^;)
これに対抗した裕福な町人層が、吹き流し型の鯉のぼりを考案したとも言われています。
次は食べ物の話をしましょうか。
粽(ちまき)には、こんな由来譚があります。
中国戦国時代の楚の詩人屈原(くつげん)の命日が5月5日で、彼を慕う人々が彼が身を投げた汨羅江(べきらこう)に粽を投げ入れて供養したこと、また、屈原の亡骸を魚が食らわないよう魚の餌としたものが「ちまき」の由来とされています。
この説は昔から広く流布していたようです。
でも、さっきの『荊楚歳時記』では夏至節の行事となっているようです。
真偽やいかに?
柏餅ですが、カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから「子孫繁栄(家系が途切れない)」という縁起をかついだものとされています。
ちなみに、
元々は東日本の文化の中で育まれた物で、柏餅が登場したのは徳川九代将軍家重~十代将軍家治の頃なんだそうです。その為、武家文化とかかわりが深いんだとか・・・。
四国地方などの近畿圏以西では、カシワの木が自生しておらず、元々端午の節句には粽を用いる為、サルトリイバラ科(サンキライ)の葉を代用しているそうです。
(西日本の方如何です?)
さてさて、
端午の節供、昔は、女の子の節供だったといったら信じて貰えますでしょうか?
宮中では、菖蒲を髪飾りにした人々が武徳殿に集い、天皇から薬玉(くすだま:薬草を丸く固めて飾りを付けたもの)を賜る行事がありました。
また、貴族社会では薬玉を作り、お互いに贈りあう習慣もあったそうです。
奈良時代に、既にその記述が見られます。
また、この日を「女の家」「女の屋根」などといって、女のいばれる日とする伝承が中部地方や四国などに残っています。
近松門左衛門の『女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)』などにも記載があります。
如何です?
お田植えまつりの早乙女と深く関わっているんですね。
農耕にかかわる儀式はほかにもあります。
北陸から近畿、山陰にかけて、菖蒲や蓬を束ねた棒で女性の尻(しり)をたたいて回る行事があり、その他の地方ではそれで地面をたたくことが広くみられます。
女性は子を産み、田んぼは生命の源の稲を生み出す。
大いに関連がありますね。
これらはいずれも5月という田植月にあたり、早乙女(さおとめ)となるべき女性の忌み籠(ごも)りや、またその身体と大地の不浄を祓う儀礼であったと考えられているのです。
このように見てみますと、端午の節供には非常に奥深いモノがあります。
季節の節目にあたり、悪疫を除こうとする儀礼がもともとあって、同時に田植に関わる農耕儀礼的な色彩も濃厚にありました。(女性の儀礼)
そうした基盤の上に、およそ江戸時代から所謂「男子の節供」へと変質し始め、兜飾りや鯉のぼりが登場し、さらに戦後は、「こどもの日」の祝日へと展開してきているんですね。
こどもの日。
子どもだけが主役じゃないんですね。
母に感謝する日。
何となく分かる気がします。
田植えの前の、母なる大地に感謝する日にしたいですね。
皆さん、バケツ稲・・・・・順調ですか?
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
●童謡・唱歌
「背くらべ」作詞・海野厚/作曲・中山晋平
1. 柱のきずは おととしの
五月五日の 背くらべ
粽(ちまき)たべたべ 兄さんが
計つてくれた 背のたけ
きのふくらべりゃ 何(なん)のこと
やつと羽織の 紐(ひも)のたけ
2. 柱に凭(もた)れりゃ すぐ見える
遠いお山も 背くらべ
雲の上まで 顔だして
てんでに背伸(せのび) してゐても
雪の帽子を ぬいでさへ
一はやつぱり 富士の山
「こいのぼり」作詞:近藤宮子/作曲:不明
やねよりたかい こいのぼり
おおきいまごいは おとおさん
ちいさいひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる
----------------------------------------------------------------------
放送は一昨日の5月5日でした。
UPが遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
----------------------------------------------------------------------
今日5月5日は、「こどもの日」ですね。
毎度お馴染みの祝日法には、
とあります。「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」日
「母に感謝する日」?
とお思いの方も多いと思いますが、それは後程・・・・。
さて、5月5日は「端午の節供」ともいいますね。
3月3日の上巳の節供(桃の節供)に対し、今日は男の子の節供です。
男の子の成長を願って、
鎧兜を飾る
鯉のぼりをあげる
粽(ちまき)を食べる
柏餅を食べる
菖蒲湯に入る
・・・・
などの風習があることはご存知の通りです。
ちなみに、節供(節句)は、年に5つあって、「五節供」といわれます。
ですね。1月7日 人日 七草
3月3日 上巳 桃の節供
5月5日 端午 菖蒲の節供
7月7日 七夕 たなばた
9月9日 重陽 菊の節供
そもそも、「節」=「季節の節目」ということです。
季節の変わり目に体調を崩しやすいのは今も昔も変わりません。
そこで、、この節目の日(節日)には、祓いや禊ぎを行って、邪気を祓い、無病息災を願う風習が古くからありました。
「節供」というのは、「節日のお供え」の意味なんです。
節日を祝う祝宴の食事の意味でもあります。
「節句」と表記する事もありますが、上の意味では 節句でなく「節供」と表記した方がその意味合いに相応しいような気がしますね。
話がそれました。
「端午の節供」に戻ります。
もともと中国に起源があるのですが、・・・
「端午」というのは、旧暦五月(午の月)の「最初の午の日」という意味なんです。
「端」は「端緒」という言葉があるように「最初」という意味ですね。
ですから、必ずしも5月5日ではなかったんです。
それが、次第に旧暦5月5日に固定されるようになったということのようです。
「午」の音が「五」に通じたともいわれます。
5が重なることから「重五」ともいわれますね。
中国の古俗を伝える『荊楚歳時記(けいそさいじき)』という6世紀頃の有名な書物があります。
この中には、
この日には薬草をとり蓬の人形を門にかけて毒気を祓い、菖蒲酒を飲み、また五色の絹糸で日月星辰、鳥獣をかたどった続命縷(しょくめいる)というものを作って腕にかけた。これは災厄を除き病魔を避けるためである。
と記載されているそうです。
一方、我が国でも古くから、各節供には祓いの行事が行われていました。
この五月の節供には、菖蒲、蓬など香りの強い植物に魔除けの力を認め、身に着けたり屋根に挿す風習があったようです。
このことは『続日本紀』など奈良朝の記録にすでにみられます。
さて、端午の節供は、男の子の節供ですが、・・・
古くから宮中では騎射、走馬の行事がこの日に行われていました。
上賀茂神社の賀茂競馬(かものくらべうま)などにその起源があるようです。
民間でもこの日の行事には練武、競技の類が多く行われています。
印地打(いんじうち)という石合戦や、凧揚げ、綱引き、競馬、などですね。
時代が下ると、「菖蒲」が「尚武」(武をたっとぶ)に通ずることから、特に武家社会で次第に男子の出生を祝い、成長を祈願する節供となったといわれています。
それが、江戸時代以降、庶民に広まっていったというこのとのようです。
端午の節供につきものの兜飾り・武者人形(五月人形)には、男の子の身を守るという意味があります。
武運長久を願うということですね。
そう言えば、端午の節供だけではないですが、「天神さまの人形」を飾る風習も広く見られます。
男児誕生を祝して里方より贈られた「天神さま」人形を、正月の初天神や節供に飾って祝う習俗です。これは全国的に広く見られるようです。
また、「鯉のぼり」ですが、これは中国の故事に由来します。
黄河の竜門という滝を多くの魚が登ろうと試みたが悉く失敗。
一匹の鯉が登り切り、竜に成ることができた。
という「鯉の滝登り」の故事ですね。
つまり立身出世の象徴なわけです。
もともとの形は真鯉(黒い鯉)のみで、次第に・・・・
明治時代から真鯉(まごい)と緋鯉(ひごい)の対で揚げるようになり、
昭和以降からは家族を表す物として子鯉(青い鯉)を添えた物が主流となったようです。
さてこの鎧兜や鯉のぼりですが、「武家の虫干し」がその起源だという説もあるようです。
江戸時代の武家で、菖蒲=「尚武」から男児の立身出世・武運長久を祈る行事であったことは前に言いました。
この日、武士の家庭では、虫干しをかねて先祖伝来の鎧や兜を奥座敷に飾り、
玄関には旗指物(幟)を飾って、家長が子供達に訓示を垂れたんだそうです。
(ウチでもやってみようかしら^^;)
これに対抗した裕福な町人層が、吹き流し型の鯉のぼりを考案したとも言われています。
次は食べ物の話をしましょうか。
粽(ちまき)には、こんな由来譚があります。
中国戦国時代の楚の詩人屈原(くつげん)の命日が5月5日で、彼を慕う人々が彼が身を投げた汨羅江(べきらこう)に粽を投げ入れて供養したこと、また、屈原の亡骸を魚が食らわないよう魚の餌としたものが「ちまき」の由来とされています。
この説は昔から広く流布していたようです。
でも、さっきの『荊楚歳時記』では夏至節の行事となっているようです。
真偽やいかに?
柏餅ですが、カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから「子孫繁栄(家系が途切れない)」という縁起をかついだものとされています。
ちなみに、
元々は東日本の文化の中で育まれた物で、柏餅が登場したのは徳川九代将軍家重~十代将軍家治の頃なんだそうです。その為、武家文化とかかわりが深いんだとか・・・。
四国地方などの近畿圏以西では、カシワの木が自生しておらず、元々端午の節句には粽を用いる為、サルトリイバラ科(サンキライ)の葉を代用しているそうです。
(西日本の方如何です?)
さてさて、
端午の節供、昔は、女の子の節供だったといったら信じて貰えますでしょうか?
宮中では、菖蒲を髪飾りにした人々が武徳殿に集い、天皇から薬玉(くすだま:薬草を丸く固めて飾りを付けたもの)を賜る行事がありました。
また、貴族社会では薬玉を作り、お互いに贈りあう習慣もあったそうです。
奈良時代に、既にその記述が見られます。
また、この日を「女の家」「女の屋根」などといって、女のいばれる日とする伝承が中部地方や四国などに残っています。
近松門左衛門の『女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)』などにも記載があります。
これは、女は髪より形より、心の垢を梳き櫛や嫁入先は、夫の家里の住家も親の家。鏡の家の家ならで家と、いふ物なけれども、たが世に許し定めけん。五月五日の一夜さを女の家といふぞかし。
ということです。田植え月の五月節供に女だけが家にこもって物忌みの夜を過ごすこと。大分県と高知県の一部、神奈川県津久井郡、群馬県多野郡、徳島県名西郡、愛知県などで、いろいろの形で行なわれている。【日国】
5月4日の晩から5日にかけて、女の家とか女の屋根また女の夜などとよぶ地方がある。その理由としては、この日だけは女が思うままにしていい日といい、神 奈川県の佐野川では「しょうぶ屋根の下は女の天下」だといい伝えている。土地の老人にきくと、いまはとくに威張(いば)るというのではないが、気兼ねなし になんでもできる期間という意味らしい。「女の家」という語は、近松の『女殺油地獄』のなかにも「五月五日の一夜さを女の家と言ふぞかし」という一句が あって、この時代から使われていた語ということがわかる。5月は農事暦でいうと、稲作の作業の始まる田植の時季にあたる。かつて家のまつりごとのいっさい をつかさどっていた女性が、田植前に田の神を祀(まつ)るたいせつなときに、家に慎み籠(こも)って、年の豊饒(ほうじょう)を祈願した習俗が残留したと 考えられてきた。その籠り屋のしるしとして、ショウブ、ヨモギを屋根に葺(ふ)いたものであろう。「女の家」はこれを通して、かつての女性祭祀(さいし) の時代を考える一つの資料といえよう。【ニッポニカ】
如何です?
お田植えまつりの早乙女と深く関わっているんですね。
農耕にかかわる儀式はほかにもあります。
北陸から近畿、山陰にかけて、菖蒲や蓬を束ねた棒で女性の尻(しり)をたたいて回る行事があり、その他の地方ではそれで地面をたたくことが広くみられます。
女性は子を産み、田んぼは生命の源の稲を生み出す。
大いに関連がありますね。
これらはいずれも5月という田植月にあたり、早乙女(さおとめ)となるべき女性の忌み籠(ごも)りや、またその身体と大地の不浄を祓う儀礼であったと考えられているのです。
このように見てみますと、端午の節供には非常に奥深いモノがあります。
季節の節目にあたり、悪疫を除こうとする儀礼がもともとあって、同時に田植に関わる農耕儀礼的な色彩も濃厚にありました。(女性の儀礼)
そうした基盤の上に、およそ江戸時代から所謂「男子の節供」へと変質し始め、兜飾りや鯉のぼりが登場し、さらに戦後は、「こどもの日」の祝日へと展開してきているんですね。
こどもの日。
子どもだけが主役じゃないんですね。
母に感謝する日。
何となく分かる気がします。
田植えの前の、母なる大地に感謝する日にしたいですね。
皆さん、バケツ稲・・・・・順調ですか?
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●童謡・唱歌
「背くらべ」作詞・海野厚/作曲・中山晋平
1. 柱のきずは おととしの
五月五日の 背くらべ
粽(ちまき)たべたべ 兄さんが
計つてくれた 背のたけ
きのふくらべりゃ 何(なん)のこと
やつと羽織の 紐(ひも)のたけ
2. 柱に凭(もた)れりゃ すぐ見える
遠いお山も 背くらべ
雲の上まで 顔だして
てんでに背伸(せのび) してゐても
雪の帽子を ぬいでさへ
一はやつぱり 富士の山
「こいのぼり」作詞:近藤宮子/作曲:不明
やねよりたかい こいのぼり
おおきいまごいは おとおさん
ちいさいひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる
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