黒き心を無くして、丹き心を以ちて、清潔く斎慎み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし、右を右とし、左に帰り右に廻る事も万事違ふ事なくして、太神に仕へ奉れ。
元を元とし、本を本とする故なり。
当ブログ管理人の一文字です。
愛知県岡崎市の田舎神主。
融通の利かない頑固者です。
神社のこと、神道のこと、
世の中のこと、日々の出来事、
家族のこと、などなど。
私、一文字が、
気分次第で記していきます。
尚、FirefoxとInternetExplorerの最新版で表示確認を行っています。(旧版で表示が乱れていたらゴメンナサイ。)またjavascriptを有効にしてご覧下さいませ。
- お知らせ(20)
- [岡崎天満宮]お祭り(24)
- [岡崎天満宮]境内から(29)
- [岡崎天満宮]社務所から(26)
- [岡崎天満宮]梅花(45)
- [岡崎天満宮]牡丹(23)
- [岡崎天満宮]新緑(2)
- [岡崎天満宮]紅葉(4)
- [岡崎天満宮]雪景色(1)
- [岡崎天満宮]各種整備事業(4)
- [兼務社・その他]八柱神社(2)
- [兼務社・その他]若宮八幡宮(3)
- [兼務社・その他]白山社(2)
- [兼務社・その他]石工団地神社(1)
- [兼務社・その他]岡崎市の神社(12)
- [兼務社・その他]愛知県の神社(3)
- [旅先から]神宮・遷宮(21)
- [旅先から]神社参拝など(60)
- [旅先から]研修会・勉強会など(13)
- [旅先から]会議・会合・大会など(33)
- [旅先から]その他(61)
- [神社神道の豆知識]おまいり(7)
- [神社神道の豆知識]年中行事(4)
- [気になるニュース]お伊勢さんのこと(1)
- [気になるニュース]皇室のこと(6)
- [気になるニュース]国のこと(10)
- [気になるニュース]地域のこと(5)
- [気になるニュース]社会のこと(6)
- [気になるニュース]教育のこと(3)
- [気になるニュース]政教関連(3)
- [気になるニュース]靖国さんのこと(2)
- [気になるニュース]その他(0)
- [自然災害]中越沖地震(12)
- [自然災害]その他(6)
- [HOW TO]門松の作り方(6)
- [HOW TO]茅の輪の作り方(1)
- [HOW TO]縄・紐の結び方(1)
- [PC・ネット備忘録]更新履歴(21)
- [PC・ネット備忘録]和暦(元号)表示(2)
- [PC・ネット備忘録]その他(6)
- 家族のこと(49)
- 心の宅急便(78)
- つれづれ(149)
- [神社神道の豆知識]人生儀礼(8)
- 知ろう学ぼうお米作り(9)
- PTA(5)
- twitter(19)
※只今、過去記事を整理中です^^;順次カテゴリーを細分化して過去記事にアクセスしやすいようにしていきたいと思います。気長にお待ち下さいませ。。。
- ■あげまき結びの結び方
⇒08/16 by Hayashiさん
- ■あげまき結びの結び方
⇒08/12 by masaさん
- ■次数
⇒07/23 by かいうさぎさん
- ■ひなまつり
⇒04/28 by ベイダーさん
- ■「え」の話
⇒03/31 by 名無しの権兵衛さん
- ■「い」の話
⇒03/11 by twitter@euporiaさん
- ■「い」の話
⇒03/09 by twitter@euporiaさん
- ■「あ」の話
⇒03/03 by twitter@euporiaさん
- ■節分の話~その2
⇒02/06 by 満月さん
- ■節分の話
⇒01/28 by isuzuさん
- ■あげまき結びの結び方
⇒01/09 by クルックルッ日記のcocorokkです。さん
- ■アクセス 1000件/日
⇒01/07 by ルルさん
- ■アクセス 1000件/日
⇒01/05 by ルルさん
- ■奉祝 天皇陛下御誕生日
⇒12/24 by サカエさん
- ■こんなのアリ?
⇒12/16 by ルルさん
毎度コメントありがとうございます。
古い記事へのコメントも大歓迎です^^;
お気軽に一言お願いしますね。
- ■御即位20年奉祝式典
⇒ほそかわ・かずひこの BLOG(12/21) - ■代理出産・・・
⇒ニュースな奴(11/02) - ■わたしの竹島ですが、何か?
⇒五十鈴神社『宮司の社務日誌』(08/27) - ■佐嘉神社
⇒地鎮祭|初穂料やお礼の費用と服装・準備やマナー(05/23) - ■年賀状
⇒五十鈴神社『宮司の社務日誌』(02/26)
トラックバックは管理人の承認後に表示されます。何卒ご寛容下さいませ^^;
月別の書庫です。
昔の記事もお気軽にお楽しみ下さいませ。
こちらのサイトも是非ご覧下さいませ。
- [Official]岡崎天満宮
- [Official]梅園剣道教室
- [Blog]7番目のイ長調
- [Blog]安28会の日記
- [Blog]委員長日記
- [Blog]伊文神社の異聞録
- [Blog]ニコニコファーム日記
- [Blog]“なかとりもち”として
- [Blog]てんじん山・魯閑人日記
- [Blog]五十鈴宮司の『社務日誌』
- [Blog]愛媛県神道青年会 会長日記
- [Blog]木の国神話の社 社務日誌
- [Blog]ひかげのかづら
- [Blog]公智神社
- [Blog]憂鬱な猿
- [Official]神道青年全国協議会
- [Official]愛知県神道青年会
- [Official]神社と神道
- [Blog]ひとりごと in ピンゲ♪
- [Blog]松副のひとり言
- [Official]FMおかざき
- [Blog]たのあやのGirlsBeVicious
- [Blog]♪なっち♪と♪たのあや♪のこと音のことね
- [Blog]和物屋店長の業務日誌
いつも御交誼ありがとうございます。

「心の宅急便」
毎週火曜日、お昼の12時45分から出演しています^^;
- トップページ ≫
- 2009年09月08日の記事
FMおかざき「心の宅急便」の48回目の放送です。
節供シリーズですね^^;
----------------------------------------------------------------------
明日9月9日は、「重陽(ちょうよう)の節供」です。
五節供の一つで、「菊の節供」ともいいます。
無病息災・健康長寿を祈る節供です。
何故「重陽」というのでしょうか。
陰陽五行説では、数にも陰陽があります。1,3,5,7,9の奇数は陽、2,4,6,8,の偶数は陰ですね。
中でも「9」は陽の極みの数なんです。究極の陽数とでも言えましょうか。
その陽数「9」が重なることから、「重陽」というのです。
また、「九」は「久」に通じます。「長久」「老熟」を意味するわけです。
そこから不老長寿を祈る行事になったと考えられています。
他の節供と同様、この「重陽の節供」も起源は中国にあります。
中国では、この日に小高い山に登り、長生きの効能があるとされる菊の花を浸した菊酒を飲んで不老長寿を願う風習があったそうです。
「登高の日」とも言ったようですね。
有名な杜甫の漢詩に「登高」という七言律詩があります。
さて、この「重陽の節供」は、日本には 天武天皇のころに伝わったと考えられています。
これが、我が国で最初の重陽の節供の行事だとも言われています。
そして、平安時代の嵯峨天皇のころには宮中行事として定着したんだそうです。
ちなみに、天武天皇の崩御は朱鳥元年(686)9月9日です。それ故9月9日はいわゆる国忌と規定されており、この規定が廃止される延暦10年(791年)までは重陽に関する儀式は行われなかったと考えられています。
宮中や、貴族の間で重陽の節供が盛に行われるようになったのは平安時代ということですね。
重陽の節会は「菊花の宴」とも称されました。
菊花を観賞し、杯に菊花を浮かべた菊酒を飲み、群臣が詩を賦すといったものです。
また、菊の花についた露で身体をぬぐい、厄災を祓い清めることも行われたようです。
時代が下るにつれ、それが武家社会にも広まり、江戸時代以降は、秋の収穫を感謝する祭と結びつき、庶民の間でも盛大に行われるようになりました。
地方によっては「栗の節供」ともいい、栗ご飯を食べる風習もあります。
「重陽」につきものの菊酒ですが、菊酒といえば、「加賀の菊酒」が有名です。
室町時代の中期以後、全国的に著名になったようですが、日本酒大好きの私にとって、「高砂」「菊姫」「萬歳楽」「天狗舞」「手取川正宗」などの銘酒が脳裏に浮かびます。
どのお酒も本当に美味しいですよね。
さて、江戸時代には五節供として盛大に行われた「重陽」ですが、残念なことに、明治の新暦採用後は、だんだん廃れていったのも否めない事実です。
陰暦9月9日は菊の花の季節です。本来は晩秋の行事なんですね。
新暦では約1ヶ月遅れの10月に当たります。(今年は閏月の関係で10月26日ですね。)
これならば、菊の季節にぴったりです。
ところが、新暦の9月9日は、まだ残暑が厳しい時分です。
菊とか栗はちょっと早い感じですね。
このことが大きく影響しているように思われます。
「上巳の節供(桃の節句)」「端午の節句」「七夕」などと比べると、まさに「忘れ去られた節供」とでも言えましょうか。
しかしながら現在でも、一部の寺社の行事にその伝統が生き残っています。
有名なのは京都の上賀茂神社の「重陽神事」ですね。
御神前に菊花を供え無病息災を祈願。当日は菊酒の無料接待もあるそうです。
あわせて烏相撲(からすずもう)も執り行われます。
烏相撲は、上賀茂神社の御祭神・賀茂別雷大神の祖父にあたる賀茂建角身命(八咫烏)が、神武天皇東征に際して先導役を果たした故事に由来し、宮中で行われていた悪霊退治の相撲節会とが合わさって祓いの行事となったものです。細殿前の土俵にて、左の禰宜方と右の祝方に分かれて子供たちによる相撲が奉納され、右は「カーカーカー」、左は「コーコーコー」と烏の鳴き声を真似て三度鳴くんだそうです。(京都市無形民俗文化財)
また「菊花展」を行う社寺も多いですね。
寺社で観賞用の菊花を展示。コンクールもおこなわれたりします。これこそ「菊合わせ」でしょうか。
重陽の節供の名残とも言えます。
そう言えば、「くんち」って御存じでしょうか?
「長崎くんち」「唐津くんち」の「くんち」です。
この「くんち」は、「9日」のことです。
重陽の節供の9月9日に行われたことから「くんち」「おくんち」と言うんだそうです。
(この長崎くんち。今は月遅れの10月9日に行われます。)
もう一つ、先日今月の小中学校の給食の献立表を見ていましたら、9月9日のメニューは「菊花ちらし」でした。
岡崎市の給食センターのメニューですが、行事食という特別メニューのようです。
子供たちに伝統行事について考えて貰うきっかけになるとイイですね。
その献立表に豆知識が載っていました。
食用菊は、愛知県の豊橋で栽培がさかんだそうです。愛知県は全国シェア90%以上とか。
渥美半島の電照菊は知っていましたが、食用菊もですか・・・。
う~ん。知りませんでした。勉強になりますね。
----------------------------------------------------------------------
節供シリーズですね^^;
----------------------------------------------------------------------
明日9月9日は、「重陽(ちょうよう)の節供」です。
五節供の一つで、「菊の節供」ともいいます。
無病息災・健康長寿を祈る節供です。
何故「重陽」というのでしょうか。
陰陽五行説では、数にも陰陽があります。1,3,5,7,9の奇数は陽、2,4,6,8,の偶数は陰ですね。
中でも「9」は陽の極みの数なんです。究極の陽数とでも言えましょうか。
その陽数「9」が重なることから、「重陽」というのです。
また、「九」は「久」に通じます。「長久」「老熟」を意味するわけです。
そこから不老長寿を祈る行事になったと考えられています。
他の節供と同様、この「重陽の節供」も起源は中国にあります。
中国では、この日に小高い山に登り、長生きの効能があるとされる菊の花を浸した菊酒を飲んで不老長寿を願う風習があったそうです。
「登高の日」とも言ったようですね。
有名な杜甫の漢詩に「登高」という七言律詩があります。
ちなみに、この「登高」の由来譚の一つにはこんなものもあるようです。「登高」
風急天高猿嘯哀
渚清沙白鳥飛廻
無邊落木蕭蕭下
不盡長江滾滾來
萬里悲秋常作客
百年多病獨登臺
艱難苦恨繁霜鬢
潦倒新停濁酒杯
風(かぜ)急(きゅう)に 天(てん)高(たか)くして 猿嘯(えんしょう)哀(かな)し
渚(なぎさ)清(きよ)く 沙(すな)白(しろ)くして 鳥(とり)飛(と)び廻(めぐ)る
無辺(むへん)の落木(らくぼく) 蕭蕭(しょうしょう)として下(くだ)り
不尽(ふじん)の長江(ちょうこう) 滾滾(こんこん)として来(き)たる
万里(ばんり) 秋(あき)を悲(かな)んで常(つね)に客(かく)と作(な)り
百年(ひゃくねん) 病(やま)い多(おお)くして独(ひと)り台(だい)に登(のぼ)る
艱難(かんなん) 苦(はなは)だ恨(うら)む 繁霜(はんそう)の鬢(びん)
潦倒(ろうとう) 新(あら)たに停(とど)む 濁酒(だくしゅ)の杯(はい)
風は激しく吹きよせ 野猿の鳴く声が哀しくひびき
川辺の水は清く砂は白く あたりには鳥が飛び巡っている
果てしもなく続く落葉の木々は、蕭々と落葉を散らし
尽きることなき長江の流れは 滾々と湧きかえるように流れている
万里遠く故郷を離れ、この悲しい秋景色のなかで、私は常に旅人だった
来る年も来る年も、私は病気がちであり、めっきり髪が白くなっている
老い衰えた今の私は心を楽しませる濁酒も絶つようになってしまった
※故郷を離れ、独りで重陽の節供を迎える境遇を詠ったもの
何か、我が国の蘇民将来の話に通じるものもありますね^^;中国に伝説あり。
昔、桓景(かんけい)と言う男の所に仙人が現れ、お前の家には凶の易が出た、何か災いが起こるに違いない。それは九月九日だ。その日は高い所に登り、菊酒(菊の花びらを浮かべた酒)を飲むがよいと言って立ち去った。
言われた通りにして帰って見ると災いで家畜が全部死んでいた。
桓景が災難から逃れるのとが出来た事から中国では、9月9日には高台に登り菊酒を飲む登高飲酒の習慣が出来た。
その後9月9日は重陽(ちょうよう)の節句として人々は高台に登って酒やご馳走を食べる行事が行われるようになった。
さて、この「重陽の節供」は、日本には 天武天皇のころに伝わったと考えられています。
九月九日に天皇が宮中で宴を催したという内容ですね。『日本書紀』巻二九天武天皇十四年(六八五)九月壬子《九》
九月甲辰朔壬子。天皇宴于舊宮安殿之庭。
これが、我が国で最初の重陽の節供の行事だとも言われています。
そして、平安時代の嵯峨天皇のころには宮中行事として定着したんだそうです。
ちなみに、天武天皇の崩御は朱鳥元年(686)9月9日です。それ故9月9日はいわゆる国忌と規定されており、この規定が廃止される延暦10年(791年)までは重陽に関する儀式は行われなかったと考えられています。
宮中や、貴族の間で重陽の節供が盛に行われるようになったのは平安時代ということですね。
重陽の節会は「菊花の宴」とも称されました。
菊花を観賞し、杯に菊花を浮かべた菊酒を飲み、群臣が詩を賦すといったものです。
また、菊の花についた露で身体をぬぐい、厄災を祓い清めることも行われたようです。
時代が下るにつれ、それが武家社会にも広まり、江戸時代以降は、秋の収穫を感謝する祭と結びつき、庶民の間でも盛大に行われるようになりました。
地方によっては「栗の節供」ともいい、栗ご飯を食べる風習もあります。
「重陽」につきものの菊酒ですが、菊酒といえば、「加賀の菊酒」が有名です。
室町時代の中期以後、全国的に著名になったようですが、日本酒大好きの私にとって、「高砂」「菊姫」「萬歳楽」「天狗舞」「手取川正宗」などの銘酒が脳裏に浮かびます。
どのお酒も本当に美味しいですよね。
さて、江戸時代には五節供として盛大に行われた「重陽」ですが、残念なことに、明治の新暦採用後は、だんだん廃れていったのも否めない事実です。
陰暦9月9日は菊の花の季節です。本来は晩秋の行事なんですね。
新暦では約1ヶ月遅れの10月に当たります。(今年は閏月の関係で10月26日ですね。)
これならば、菊の季節にぴったりです。
ところが、新暦の9月9日は、まだ残暑が厳しい時分です。
菊とか栗はちょっと早い感じですね。
このことが大きく影響しているように思われます。
「上巳の節供(桃の節句)」「端午の節句」「七夕」などと比べると、まさに「忘れ去られた節供」とでも言えましょうか。
しかしながら現在でも、一部の寺社の行事にその伝統が生き残っています。
有名なのは京都の上賀茂神社の「重陽神事」ですね。
御神前に菊花を供え無病息災を祈願。当日は菊酒の無料接待もあるそうです。
あわせて烏相撲(からすずもう)も執り行われます。
烏相撲は、上賀茂神社の御祭神・賀茂別雷大神の祖父にあたる賀茂建角身命(八咫烏)が、神武天皇東征に際して先導役を果たした故事に由来し、宮中で行われていた悪霊退治の相撲節会とが合わさって祓いの行事となったものです。細殿前の土俵にて、左の禰宜方と右の祝方に分かれて子供たちによる相撲が奉納され、右は「カーカーカー」、左は「コーコーコー」と烏の鳴き声を真似て三度鳴くんだそうです。(京都市無形民俗文化財)
また「菊花展」を行う社寺も多いですね。
寺社で観賞用の菊花を展示。コンクールもおこなわれたりします。これこそ「菊合わせ」でしょうか。
重陽の節供の名残とも言えます。
そう言えば、「くんち」って御存じでしょうか?
「長崎くんち」「唐津くんち」の「くんち」です。
この「くんち」は、「9日」のことです。
重陽の節供の9月9日に行われたことから「くんち」「おくんち」と言うんだそうです。
(この長崎くんち。今は月遅れの10月9日に行われます。)
もう一つ、先日今月の小中学校の給食の献立表を見ていましたら、9月9日のメニューは「菊花ちらし」でした。
岡崎市の給食センターのメニューですが、行事食という特別メニューのようです。
子供たちに伝統行事について考えて貰うきっかけになるとイイですね。
その献立表に豆知識が載っていました。
食用菊は、愛知県の豊橋で栽培がさかんだそうです。愛知県は全国シェア90%以上とか。
渥美半島の電照菊は知っていましたが、食用菊もですか・・・。
う~ん。知りませんでした。勉強になりますね。
----------------------------------------------------------------------
| HOME |
名前:一文字


