黒き心を無くして、丹き心を以ちて、清潔く斎慎み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし、右を右とし、左に帰り右に廻る事も万事違ふ事なくして、太神に仕へ奉れ。
元を元とし、本を本とする故なり。
当ブログ管理人の一文字です。
愛知県岡崎市の田舎神主。
融通の利かない頑固者です。
神社のこと、神道のこと、
世の中のこと、日々の出来事、
家族のこと、などなど。
私、一文字が、
気分次第で記していきます。
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「心の宅急便」
毎週火曜日、お昼の12時45分から出演しています^^;
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- 2009年10月の記事
目次
| ■■■■■ |
FMおかざき「心の宅急便」の55回目の放送です。
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先週の「草薙剣」のつづきです。
三種の神器は、天孫降臨に際し、皇孫・瓊瓊杵尊が天照大御神から授かった三つの神宝のことで、皇位とともに伝わる皇位のしるしです。
八咫鏡(やたのかがみ)
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)
の3つですね。
今日はその中の「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」のお話をします。
「八尺(やさか)」というのは、「長いこと、大きいこと」です。
「瓊(に)」は、「美しい玉」を意味します。
「勾玉(まがたま)」は「曲がった玉」ですね。
「古事記」に
この時、玉祖命がお造りになったのが八尺瓊勾玉なんですね。
さて、皇位継承の際、先帝崩御後一番最初に行われるのが、「剣璽等承継の儀」です。
剣璽・・・(草薙剣)
神璽・・・(八尺瓊勾玉)
を継承する儀式です。まさに皇位のしるしを継承遊ばされるわけですね。
今上陛下の場合は、昭和64年1月7日に行われました。
またこの剣璽に関することで、「剣璽御動座」ということをご存じでしょうか?
天皇陛下が行幸される際、三種の神器のうち、剣と璽を天皇陛下が携行することを「剣璽御動座」と言うんです。陛下は、常に三種の神器とともにあられるということなんですね。
しかし、この剣璽御動座の伝統は、戦後しばらく廃止されていました。
警備上の問題等もあったようですが、長く続く伝統を失うことは大問題です。
そこでこの剣璽御動座を復活させようという運動が起こってきます。昭和46・47・48年頃だったそうですが、その時には私共の先輩でもある当時の青年神職等の署名・請願活動が盛んに行われたと聞いています。
その甲斐あって、伊勢神宮の第60回式年遷宮にあたり、陛下自ら新宮に参拝する「御親謁」の時、剣璽御動座が復活したんだそうです。昭和49年のことでした。
そう言えば、先日、岡田外相の「お言葉」発言がありましたね。
国際化の時代、日本人は日本のことをもっと知らなければならないとも思います。
まして国の舵取りを行う大臣の皆さんには・・・・・。
----------------------------------------------------------------------
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先週の「草薙剣」のつづきです。
三種の神器は、天孫降臨に際し、皇孫・瓊瓊杵尊が天照大御神から授かった三つの神宝のことで、皇位とともに伝わる皇位のしるしです。
八咫鏡(やたのかがみ)
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)
の3つですね。
今日はその中の「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」のお話をします。
「八尺(やさか)」というのは、「長いこと、大きいこと」です。
「瓊(に)」は、「美しい玉」を意味します。
「勾玉(まがたま)」は「曲がった玉」ですね。
「古事記」に
玉祖(たまのをやの)命に科せて八尺(やさか)の勾 (マガタマ)の五百津(いをつ)の御須麻流(みすまる)の珠(たま)を作ら令めて・・・
とあるように、この八尺瓊勾玉は「天の岩屋戸の神話」に由来します。「ズズズゥゥ……」
天の岩屋戸の扉を閉めたアマテラス。
「な、なんだ。どうしたんだ!」
「辺り一面真っ暗になってしまった」
神々が住まう高天の原(たかまのはら)だけでなく、人々の住むアシハラノナ
カツクニ(葦原中國)も突然闇におおわれてしまった。
そして太陽のない闇に包まれた日が続いた。
闇につつまれたのをいいことに、これ幸いとわざわいの神々が不穏な動きを始
める。
このままでは、わざわいの神々に国を乗っ取られてしまう。
一刻も早く、アマテラスに天の岩屋戸から出てきてもらわないといけない…
やおよろず(八百万)の神々は、あめのやすのかわら(天の安の河原)に集ま
り、知恵の神、オモヒカネノカミ(思金神)を中心に作戦を練った。
どうすれば、アマテラスを天の岩屋戸から出すことができるか?
………………
「そうだ!」
名案が閃いたオモヒカネノカミは、すぐさまそのアイデアを実行に移す。
「皆の者、ありったけの長鳴鳥(ながなぎどり)を集めて鳴かせるのだ!」
「かしこまりました!」
「次に、イシトリドメノミコト(伊斯許理度賣命)はヤタノカガミ(八尺鏡)
を、タマノヤノミコト(玉祖命)はヤサカノマガダマ(八尺の勾珠)を作る
のだ。」
「おぉ! 承知いたしました。」
「フトダマノミコト(布刀玉命)は、天香山(あまのかぐやま)へ行って、鹿
の骨を使って占いをし、榊の木を取って、上の枝にヤサカノマガダマを、真
ん中の枝にはヤタノカガミを、下の枝には木綿と麻をつるしたものを用意す
るのだ。」
「分かりました。それでは、さっそく榊を取りに天香山へ行って参ります」
「頼んだぞ。さぁ、皆の者急ぐのだ。早く高天の原に光を取り戻すのだ!」
…………………
準備が整い、最後の手はずを指示するオモヒカネノカミ。
「フトダマノカミは榊を持ち、アメノヤノミコトはノリト(祝詞)を読むのだ。
そして、アメノタヂカラヲノカミ(天手力男神)はアマテラス様がお隠れに
なった天の岩屋戸の脇に隠れているのだ。よし、準備はよろしいか。では、
アメノウズメノミコト(天宇受賣命)、頼んだぞ!」
天の香山(あめのかぐやま)から取ってきたササの葉を持ったアメノウズメは、
胸を出した状態で、神がかりにあったように一心不乱に踊りだす。
それに合わせて、八百万(やおよろず)の神々は大いに笑った。
「あーはっはっは」
「いいぞー、もっと踊れや、歌えや、大いに騒ごうぞ!」
「いやぁー、はっは、愉快愉快」
………………
その笑い声は天の岩屋戸に隠れたアマテラスの耳にも聞こえてきた。
おかしいと思ったアマテラスは天の岩屋戸を少し開け、外の様子をのぞくと、
アメノウズメが踊り、神々が笑っている姿が目に映った。
そこで、アメノウズメに話しかけるアメテラス。
「何やら騒がしいようですね。でも、高天の原は私がいなくなって闇につつま
れているはず。どうして、お前は歌い踊り、神々は笑っているのですか?」
「あなた以上に貴い神がお出でになられたのです。だから、私たちは喜び笑っ
ているのです。」
アメノウズメがアマテラスと話している最中に、アメノコヤネノミコトとフト
ダマノミコトが鏡を差し出し、アマテラスに見せると、その鏡には光り輝く神
の姿が映っていた。
「(本当に自分以外の日の神が現れたのかもしれない。ここから出てもっとよく
見ないと…)」
自分の姿を別の貴い神だと勘違いしたアマテラスは、不安になってもっとじっ
くりその神を見ようとそろそろと天の岩屋戸から出てこようとした。
アマテラスが岩屋戸から出てこようとしたそのとき、
「パシッ」
岩屋戸のそばに隠れていたアメノタヂカラヲノカミは、アマテラスの手をつか
み、一気に岩屋戸からアマテラスを引き出した。
「それっ! 今だ!」
アマテラスが天の岩屋戸から完全に出てきたその瞬間、フトダマノミコトは、
天の岩屋戸に二度と入れないようにしめ縄で封印し、アマテラスに懇願した。
「これからは二度とこの中に入らないでください。」
アマテラスが天の岩屋戸から出てくると、辺り一面に光が戻り、明るくなった。
この時、玉祖命がお造りになったのが八尺瓊勾玉なんですね。
さて、皇位継承の際、先帝崩御後一番最初に行われるのが、「剣璽等承継の儀」です。
剣璽・・・(草薙剣)
神璽・・・(八尺瓊勾玉)
を継承する儀式です。まさに皇位のしるしを継承遊ばされるわけですね。
今上陛下の場合は、昭和64年1月7日に行われました。
またこの剣璽に関することで、「剣璽御動座」ということをご存じでしょうか?
天皇陛下が行幸される際、三種の神器のうち、剣と璽を天皇陛下が携行することを「剣璽御動座」と言うんです。陛下は、常に三種の神器とともにあられるということなんですね。
しかし、この剣璽御動座の伝統は、戦後しばらく廃止されていました。
警備上の問題等もあったようですが、長く続く伝統を失うことは大問題です。
そこでこの剣璽御動座を復活させようという運動が起こってきます。昭和46・47・48年頃だったそうですが、その時には私共の先輩でもある当時の青年神職等の署名・請願活動が盛んに行われたと聞いています。
その甲斐あって、伊勢神宮の第60回式年遷宮にあたり、陛下自ら新宮に参拝する「御親謁」の時、剣璽御動座が復活したんだそうです。昭和49年のことでした。
そう言えば、先日、岡田外相の「お言葉」発言がありましたね。
「お言葉に陛下の思いを」と外相 閣僚懇で宮内庁に検討要請
岡田克也外相は23日午前の閣議後の閣僚懇談会で、国会開会式での天皇陛下のお言葉について「陛下の思いが少しは入った言葉がいただけるような工夫を考えてほしい」と述べ、宮内庁に対しお言葉の見直しを検討するよう求めた。
閣僚が天皇陛下の発言について意見を述べるのは異例。首相官邸で記者団の質問に答えた。
同時に「政治的な意味合いが入ってはいけないという、いろいろ難しいことはある」と指摘。その上で「大きな災害があった直後を除き、同じあいさつをいただいている。わざわざ国会に来ていただいているのだから、よく考えてもらいたい」と強調した。
この発言に関し、平野博文官房長官は記者会見で「コメントは差し控えたい」と述べた。
【共同通信】
伝統や文化を軽んじたり、否定するのは愚の骨頂だと思います。第173臨時国会の開会式が26日午後、参院本会議場に天皇陛下をお迎えして行われた。陛下は「国会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、国民の信託にこたえることを切に希望します」とのお言葉を述べた。
開会式のお言葉をめぐっては、岡田克也外相が23日に「陛下の思いが入ったお言葉をいただく工夫ができないか、考えてほしい」と問題提起していたが、今回は従来と同じ内容となった。
時事ドットコム(2009/10/26-13:16)
国際化の時代、日本人は日本のことをもっと知らなければならないとも思います。
まして国の舵取りを行う大臣の皆さんには・・・・・。
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FMおかざき「心の宅急便」の54回目の放送です。
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先日、熱田神宮の御遷宮が斎行されました。
平成25年に創祀1900年を迎えることから、御社殿の屋根替え改修工事やや神楽殿の改修工事が約2年がかりで行われ、このたび立派に竣工され、熱田大神様のお引っ越しが行われたのです。
本殿遷座祭が10月 10日(土)午後8時、臨時奉幣祭が11日(日)午前10時でした。
その後、今月18日まで各種奉祝行事として、県内外の郷土芸能の奉納などがあるようです。
さて、この熱田神宮の御神体は何だかご存じでしょうか?
そうです。草薙神剱(くさなぎのみつるぎ)ですね。
三種の神器の一つに数えられ、天孫降臨に際し、皇孫・瓊瓊杵尊が天照大御神から授かった三つの神宝のうちの一つです。皇位とともに伝わるもので、皇位のしるしであるとも言えます。
ちなみに、他の三種の神器ですが、
八咫鏡(やたのかがみ)は伊勢神宮にまつられ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は皇居の陛下のおそばにあります。
この草薙神剣の由来は、記紀神話の「八岐大蛇(やまたのおろち)の神話」にあります。
これが草薙神剣ですが、その名の由来は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征伝説に由来します。
今年の秋は日本国民にとってお祝い事満載の秋ですね。
熱田神宮御遷座祭 10月10日
伊勢神宮宇治橋渡始式 11月3日
今上陛下御即位20年奉祝式典 11月12日
などなど。
古代のロマンと我が国の悠久の歴史を肌で感じるには絶好の秋ともいえますね。
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先日、熱田神宮の御遷宮が斎行されました。
平成25年に創祀1900年を迎えることから、御社殿の屋根替え改修工事やや神楽殿の改修工事が約2年がかりで行われ、このたび立派に竣工され、熱田大神様のお引っ越しが行われたのです。
本殿遷座祭が10月 10日(土)午後8時、臨時奉幣祭が11日(日)午前10時でした。
その後、今月18日まで各種奉祝行事として、県内外の郷土芸能の奉納などがあるようです。
さて、この熱田神宮の御神体は何だかご存じでしょうか?
そうです。草薙神剱(くさなぎのみつるぎ)ですね。
三種の神器の一つに数えられ、天孫降臨に際し、皇孫・瓊瓊杵尊が天照大御神から授かった三つの神宝のうちの一つです。皇位とともに伝わるもので、皇位のしるしであるとも言えます。
ちなみに、他の三種の神器ですが、
八咫鏡(やたのかがみ)は伊勢神宮にまつられ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は皇居の陛下のおそばにあります。
この草薙神剣の由来は、記紀神話の「八岐大蛇(やまたのおろち)の神話」にあります。
この時の剣が、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)です。昔々、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟・須佐之男命(すさのおのみこと)は、高天原で大暴れをしてみんなをこまらせました。そのため、高天原を追い出されてしまいました。
高天原を追い出された須佐之男命は、やがて出雲の国に降りてこられました。しばらく川の岸に座って休んでいると、川上から箸が流れてくるのに気がつきました。
「これは川上に人が住んでいるにちがいない」
と思い、命は、川沿いに家を探しにさかのぼっていかれました。
しばらく行くと、人の泣き声がかすかに聞こえてきます。それは、年老いたおじいさんとおばあさん、そして一人の娘でした。
「どうしたのだ。なぜ泣いている。」
と命が尋ねると、おじいさんは涙を拭きながら答えました。
「私はアシナヅチ、妻はテナヅチ、娘をクシナダヒメと申します。私共には、8人の娘がいました。ところが、この近くの高志(こし)というところにヤマタノオロチという大蛇が住んでいて、毎年やってきては娘を一人づつ食べてしまうのです。今では、この娘一人が残っているだけとなってしまいました。そして、その大蛇がまた、やってくるときになってしまいました。この娘も食べられてしまうのかと思うと悲しくて悲しくて、こうして別れを惜しんでいるのです。」
命は、大蛇のことを詳しく聞きました。
「それは恐ろしいやつで、体は一つですが頭が八つ、尾も八つに分かれていて、目はホオズキのように真っ赤に燃えていて、その大きさは、八つの山、八つの谷をわたるほどに長く大きく、体にはこけが生え、檜、杉の木が生えています。」
命は、しばらく考えた後、こういいました。
「私が大蛇を退治しよう。力を貸してくれないか。」
それを聞いた三人は少し元気が出てきました。
命はてきぱきと指示をします。
「まず、強い酒を造るのだ。次に、ここに垣根を巡らせ、門を八つ作る。そして、その門の前に造った酒を置くがよい。」
さらに命はいいました。
「見事大蛇を退治したあかつきには、娘を私にくださらないか。」
突然の言葉に、アシナヅチは命の名前を尋ねます。
「私は須佐之男命である。高天原から降りてきたところだ。」
アシナヅチは恐れ多いことと結婚を許します。
さて、命が娘にふれると娘は櫛になりました。その櫛を自分の髪にさし、大蛇に見つからないようにしました。おばあさんはお酒を造り、おじいさんは竹や木を切ってきて垣根を作りはじめました。できあがると八つの門にお酒を置き、準備が整いました。
三人は木の陰でじっとその時を待ちます。
しばらくしてあたりはざわざわと不気味な気配が漂い、空が血のように赤く染まり、大蛇が姿を現しました。命は剣に手をかけ様子を見ます。
大蛇は酒の匂いに誘われ、八つの門に頭を入れました。そして、お酒をぐいぐい飲み始めたのです。しばらくすると、お酒がまわったのか、さすがの大蛇もすっかり酔っぱらって眠り込んでしまいました。
その時です。命はすかさず剣を抜いて、八つの首を切り落としました。命はさらに胴を切り尾を切り捨てていったのですが、尾の一つを切ったとき「かちっ」音がして、命の剣がかけました。
なんと大蛇の尾から細くて立派な剣がでてきたのです。
この立派な剣は自分のものにはできないと考え、天照大御神に差し上げることにしました。
八岐の大蛇を退治された須佐之男命は、櫛なだ姫を元の姿に戻しました。出雲に平和がもどり、命と姫は約束通り結婚することになりました。・・・・・
これが草薙神剣ですが、その名の由来は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征伝説に由来します。
それと、白鳥伝説も忘れてはいけませんね。景行天皇は、日本武尊に命じます。
「東の国はまだ荒ぶる神々が騒ぎ立て、反乱を起こしている。おまえが行って平定してきなさい。」
日本武尊は、帝の命令を受け、伊勢の倭姫命(やまとひめのみこと)のもとを訪ねて言いました。
「西の方の悪者を従わせ、まだどれほどの時も経たないのに、今度は東の方へ行けという。父は私に死ねばよいと思っておられるのでしょうか。」
涙を流す日本武尊に、姫は天叢雲剣と袋を渡しました。その剣は、八岐大蛇の尻尾から出てきた神剣です。
「大丈夫です。もし、危険なことがあれば、この袋を開けなさい。気持ちを引き締め、油断をしてはいけませんよ。」
こう言って、日本武尊を見送りました。
日本武尊は尾張の国を越え、駿河の国に着きました。この国の賊達は、日本武尊にすっかり従う様子を見せて、だまし討ちを考えていたのです。命を広い野原に連れ出し,言いました。
「この野原の真ん中に、沼があります。そこに住む神は全く乱暴者です。あなたの力で、沼の神を退治して下さい。そして我々が安心して暮らせるようにして下さい。」
命が 弟橘比売命と一緒に野原を進んでいくと、辺りは誰もいなくなりました。すると、周りから急に火が燃えだし、またたく間に迫ってきます。熱と煙で苦しくなります。もうだめかとあきらめかけたその時、倭姫命からもらった剣と袋のことを思いだしました。
まず、剣で草を刈り、火が移らないようにしました。そして袋の中の火打ち石で、刈った草に火をつけました。火は燃え上がり、逆風に煽られ、やがて賊の方に燃え広がりました。命は逃げる賊を追いかけ、討ち殺してしまいました。
この時から、天叢雲剣は、草薙剣と呼ばれ、この辺り一帯を焼津と言われるようになりました。
このとき、日本武尊が残した草薙神剣をおまつりしたのが熱田神宮の始まりです。日本武尊の一行は、さらに美濃の国、尾張の国へと進み、しばらくとどまることにしました。そのころ、近江の伊吹山に乱暴な神がいることを聞きました。そこで命は、
「この山の神は、私が素手で取り押さえてやる。」
と、みやず姫に草薙の剣をあずけて、山に登りました。途中、命の前に大きな蛇が現れ、道をふさぎました。
「これは、山の神の使いだろう。相手にすることはない。」
そう言って進んでいきました。ところが実は、その蛇は山の神が姿を変えていたのでした。山の神は、雲をおこし、雹を降らし、命を惑わしました。、命は霧に包まれ、毒気が体を襲い、眠気が催しました。それでも命は道に迷いながらも、何とか帰り着くことができました。ふもとにある泉の水を飲み、眠気を覚ましました。丈夫な命の体もいつしか弱り、とうとう病気になってしまいた。
「私の心は空を飛ぶように元気だった。しかし、今は歩くことさえ出来なくなり、とぼとぼと足が動くだけになってしまった。」
さらに、三重の村に来たときは、
「私の足は三重に曲がってしまい,たいへん疲れた。」
と悲しまれました。
能煩野(のぼの)に来たとき、命は大和を思い出し、歌を読まれました。
大和は 国のまほろば
たたなずく 青垣 山こもれる
大和しうるはし
病気は重くなる一方でした。命は、最後に
おとめの 床のべに
わがおきし つるぎの太刀
その太刀はや
という歌を読まれ、この世を去って行かれたのでした。
この知らせは、すぐ大和に伝えられました。后や御子達は能煩野へ来てお墓を作り、泣き悲しみました。突然、命の墓から大きな白鳥が飛び立ち、大和に向かいました。白鳥は、大和の琴弾き原の止まり、さらに、河内の志幾(しき)にも止まり、そうして、天高く舞い上がり、やがて姿が見えなくなりました。白鳥が舞い降りたところにもお墓を作りました。この三つのお墓を白鳥の御陵(しらとりのみささぎ)といいます。
ヤマタノオロチの神話と草薙の剣、熱田神宮の由緒・・・少しはおわかりいただけたでしょうか?●熱田神宮の創祀
熱田神宮の創祀は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座に始まります。第12代景行天皇の御代、日本武尊(やまとたけるのみこと)は神剣を今の名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま三重県亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。尊のお妃である宮簀媛命(みやすひめのみこと)は、神剣をここ熱田の地にお祀りになられました。以来、伊勢の神宮につぐ格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめ、延喜式名神大社・勅祭社(※)に列せられ国家鎮護の神宮として特別のお取り扱いを受ける一方、「熱田さま」「宮」と呼ばれ親しまれてきました。約6万坪の境内には、樹齢千年を越える大楠が緑陰を宿し、宝物館には信仰の歴史を物語るものとして、皇室を初め全国の崇敬者から寄せられた6千余点もの奉納品が収蔵展示されています。境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余度、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられています。
熱田神宮HP http://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/
今年の秋は日本国民にとってお祝い事満載の秋ですね。
熱田神宮御遷座祭 10月10日
伊勢神宮宇治橋渡始式 11月3日
今上陛下御即位20年奉祝式典 11月12日
などなど。
古代のロマンと我が国の悠久の歴史を肌で感じるには絶好の秋ともいえますね。
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FMおかざき「心の宅急便」の53回目の放送です。
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今日は私の神職としての個人的な価値観に基づいたお話しです。
もちろん、反対意見もあることは十分承知していますが・・・。
さて、最近特に思うんですが、現代日本は家族・家庭の崩壊の危機に瀕している気がしてなりません。
行き過ぎた平等主義や、行き過ぎた個人主義の影響かもしれません。
家長(大黒柱)の不在も大きな要因でしょう。
家族というのは、社会の最小構成単位であることは言うまでもありません。
心配すればきりがないのですが、この家族の崩壊は、間違いなく、地域共同体社会の崩壊、ひいては国家の崩壊につながるとも言えるでしょう。
それはさすがにまずいですよね。
そんな中、気になるニュースが飛び込んできました。
「夫婦別姓法案」についてのニュースです。
この法案を推進しようとしているのは、千葉景子法相と福島瑞穂男女共同参画担当相のようですが、私自身はこの法案が成立してしまうことを危惧しています。
現行民法では、
この文言からは、男女差別ということは全く見えてきませんね。
むしろこの民法の規定は完全に平等だとも言えますね。
どうして、夫婦が同姓となることを拒むのでしょうか?
福島大臣は「(別姓導入で)家族の絆が弱まることはあり得ない」とコメントしたそうですが、本当にそうでしょうか?どうしてそう断定できるのでしょうか?
同姓であるが故のデメリットよりも、別姓であるが故のデメリットの方が大きいと考えるのは私だけでしょうか?
現実的な問題で考えてみましょう。
お父さんが佐藤さん、お母さんが山田さんの別姓夫婦がいたとします。
二人の子どもに恵まれ、子どもの姓は、それぞれ選択するとすると・・・・
お兄ちゃんが山田くんで、妹が佐藤さんということも考えられます。
これは、佐藤家でしょうか?山田家でしょうか?
お宅に電話がかかってきたとき、「佐藤です」と出るのでしょうか?「山田です」とでるのでしょうか?
さらに代が進むと・・・
佐藤さんの長男が山田さんで、お嫁さんが田中さん。
その間に生まれた孫(長男)は田中さん、・・・・
直系でありながら、姓はバラバラ・・・ということも起こり得ます。
もしかしたら遺産相続の権利だけ主張し、介護などは姓が違うことを理由に拒否する輩が出ることも考えられます。「私は○○家の嫁じゃない。」なんて主張が我が物顔で通るような気もします。
挙句の果てに、先祖代々の「○○家之墓」はどうなってしまうんでしょうか?
末恐ろしい結果が待っていそうな気がします。
もしかしたら、離婚の増加、婚姻の形骸化、幼児・児童虐待の増加、青少年犯罪の増加などにもつながるかもしれません。
それほど家族は大事なモンなんです。
ところで、推進派の「選択制だからいいんじゃないの?」という意見も耳にします。
でもこれには甘い罠が潜んでいそうな気がします。
別姓推進派のねらいは別のところにあるような気がするんです。
戸籍の廃止(家制度の破壊)、多重国籍の容認、外国人参政権の付与、大量移民の実現、人権擁護法案の成立、・・・などなど。この夫婦別姓の法案と無関係ではないでしょう。
となると、これは日本の伝統文化の破壊であり、超個人主義を押し通す無秩序の国になりはててしまうような気がしてなりませんね。
はたして、皆さんはどうお考えになるでしょうか?
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今日は私の神職としての個人的な価値観に基づいたお話しです。
もちろん、反対意見もあることは十分承知していますが・・・。
さて、最近特に思うんですが、現代日本は家族・家庭の崩壊の危機に瀕している気がしてなりません。
行き過ぎた平等主義や、行き過ぎた個人主義の影響かもしれません。
家長(大黒柱)の不在も大きな要因でしょう。
家族というのは、社会の最小構成単位であることは言うまでもありません。
心配すればきりがないのですが、この家族の崩壊は、間違いなく、地域共同体社会の崩壊、ひいては国家の崩壊につながるとも言えるでしょう。
それはさすがにまずいですよね。
そんな中、気になるニュースが飛び込んできました。
「夫婦別姓法案」についてのニュースです。
この法案を推進しようとしているのは、千葉景子法相と福島瑞穂男女共同参画担当相のようですが、私自身はこの法案が成立してしまうことを危惧しています。
現行民法では、
となっています。第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
この文言からは、男女差別ということは全く見えてきませんね。
むしろこの民法の規定は完全に平等だとも言えますね。
どうして、夫婦が同姓となることを拒むのでしょうか?
福島大臣は「(別姓導入で)家族の絆が弱まることはあり得ない」とコメントしたそうですが、本当にそうでしょうか?どうしてそう断定できるのでしょうか?
同姓であるが故のデメリットよりも、別姓であるが故のデメリットの方が大きいと考えるのは私だけでしょうか?
現実的な問題で考えてみましょう。
お父さんが佐藤さん、お母さんが山田さんの別姓夫婦がいたとします。
二人の子どもに恵まれ、子どもの姓は、それぞれ選択するとすると・・・・
お兄ちゃんが山田くんで、妹が佐藤さんということも考えられます。
これは、佐藤家でしょうか?山田家でしょうか?
お宅に電話がかかってきたとき、「佐藤です」と出るのでしょうか?「山田です」とでるのでしょうか?
さらに代が進むと・・・
佐藤さんの長男が山田さんで、お嫁さんが田中さん。
その間に生まれた孫(長男)は田中さん、・・・・
直系でありながら、姓はバラバラ・・・ということも起こり得ます。
もしかしたら遺産相続の権利だけ主張し、介護などは姓が違うことを理由に拒否する輩が出ることも考えられます。「私は○○家の嫁じゃない。」なんて主張が我が物顔で通るような気もします。
挙句の果てに、先祖代々の「○○家之墓」はどうなってしまうんでしょうか?
末恐ろしい結果が待っていそうな気がします。
もしかしたら、離婚の増加、婚姻の形骸化、幼児・児童虐待の増加、青少年犯罪の増加などにもつながるかもしれません。
それほど家族は大事なモンなんです。
ところで、推進派の「選択制だからいいんじゃないの?」という意見も耳にします。
でもこれには甘い罠が潜んでいそうな気がします。
別姓推進派のねらいは別のところにあるような気がするんです。
戸籍の廃止(家制度の破壊)、多重国籍の容認、外国人参政権の付与、大量移民の実現、人権擁護法案の成立、・・・などなど。この夫婦別姓の法案と無関係ではないでしょう。
となると、これは日本の伝統文化の破壊であり、超個人主義を押し通す無秩序の国になりはててしまうような気がしてなりませんね。
はたして、皆さんはどうお考えになるでしょうか?
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昨日、FMおかざき「心の宅急便」の52回目の放送です。
昨年10月に始まり、丸一年を迎えました。
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今年はもう既に済んでしまった話題で恐縮ですが・・・
先週末の10月3日(土)は「中秋の名月」でしたね。
それに関連し、こんなニュースを目にしました。
何だかさみしいなぁと思うのは私だけでしょうか?
このまま行くと、
ということで、今日は敢えて「中秋の名月」に因むお話しをざっくばらんにさせていただこうかと存じます。
さて、「中秋の名月」というのは、 旧暦8月15日の月のことです。「十五夜お月様」ですね。
この月を愛でる月見の行事は、平安時代に中国から伝わったと言われています。当時の貴族たちは観月の宴を催し、風情を楽しみました。それが時代が下るにつれ、庶民にまで広まっていったんですね。
また、中国で月餅を供える習慣が日本に伝わり、月見団子となったと言われていますし、十五夜にススキや団子とともに収穫した芋を供えたので「芋名月」とも言われています。
ところで、「中秋」と「仲秋」の違いを御存じでしょうか?
辞書を見てみますと・・・・、
「仲秋」は「陰暦8月のこと」なんですね。陰暦の7月から9月が秋なんですが、その秋を孟秋(7月)・仲秋(8月)・季秋(9月)と分けたんです。「孟」「仲」「季」には、「長男」「次男」「三男」といった意味もあるようです。
これに対し、「中秋」というのは「陰暦8月15日のこと」なんだそうです。ピンポイントで秋の真ん中という意味なんですね。
年間を通じ、何回もある満月ですが、何故8月15日の十五夜だけが特別視されたのか、真相は分かりませんが、時代を超えて万人に広く受け容れられたから、現代にまで伝わっているんだとも思います。
ちなみに、
この歌には「月」が8回出てきます。だからこそ見るべき「この月」は8月なんだという歌なんですが、思わずなるほどと思ってしまいますよね。
もう一つ。
数ある難読姓の中に「八月十五日」というのがあります。
何と読むかお分かりでしょうか?
答えは「なかあき」なんだそうです。正に「中秋」ですね。
風情を感じるお月見ですが、実は十五夜以外のお月見もあるんです。
それは「十三夜」です。
陰暦9月13日のお月見のことですが、これは中国にはなく、日本のみの風習なんだそうです。
後の月見とも言われます。
「十五夜」が芋をお供えすることから「芋名月」とも言われるのに対し、「十三夜」は豆や栗を供えることから「豆名月」「栗名月」と呼ばれます。
一説には宇多法皇が九月十三夜の月を愛で「無双」と賞したことが始まりとも、醍醐天皇の時代に開かれた観月の宴が慣習となったとも言われているようです。
また、十五夜の月見をしたら、必ず十三夜の月見もしなければならなく、一方だけの月見は「片月見」として忌まれたなんて風習もあります。
ちなみに今年の十三夜は、10月30日です。
十五夜お月様を愛でた皆さんは、十三夜のお月様もお忘れなく(笑)
お月見につきものの「月見団子」ですが、お供えする団子の数にも色々と慣習があるようです。
15夜は15個、13夜は13個供えるだとか、 一年は12ヶ月なので12個、閏月のある閏年は13個お供えするんだとか、地方によっても異なるようですね。
月と言えばウサギですかね。
うさぎが餅つきしているといいますが、これは仏教説話に由来するようです。
昔、帝釈天が老人の姿で動物たちのところに行き、食べ物を乞うた時、猿は木の実を、狐は魚を取ってきて老人に与えたが、うさぎは何も取ってこれなかったため、自ら火の中に飛び込んで自分の肉を与えたんだそうです。そしてこれを憐れんで、うさぎを月の中に蘇らせたと伝えられています。
今の子供たちはこの話をどのくらい知っているのでしょうかねぇ・・・。
十五夜、十三夜以外にも、月を愛でることは頻繁に行われてきました。
例えば、「待宵(まつよい)」と言うのは、翌十五日の月を待つ宵の意で、陰暦8月14日の宵のことを言います。
また「十六夜(いざよい)」という陰暦十六日。また、その夜のことを表す言葉もあります。
これは「やすらう」の意のイサヨフの名詞形だそうで、十六夜の月が山の端を出ようとして、てまどるのを、イサヨフ(躊躇)と文学的に表現したものなんだそうです。
名月の前後の月を愛でる風情もまたイイですよね。
さらに雑学を蛇足的に付け加えますと・・・
「中秋の名月は満月とは限らない」んです。
でも細かい話はどうでもよく、「八月の十五日の月」として「十五夜お月様」であることが重要なんですね。
くどいですがもう一つ蘊蓄を申し上げますと・・・
「中秋の名月は必ず「仏滅」」なんです。
何故か?
六曜の決め方を理解すれば自ずと理解できると思いますので、皆さん一度調べてみてくださいね。
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偉そうな話をしてしまいましたが、我が子が
親として反省しきりですね。
昨年10月に始まり、丸一年を迎えました。
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今年はもう既に済んでしまった話題で恐縮ですが・・・
先週末の10月3日(土)は「中秋の名月」でしたね。
それに関連し、こんなニュースを目にしました。
この現状を、皆さんはどう思うでしょうか?中秋の名月、20代2割強知らず=成人全体では1割-民間会社調査
お月見を楽しむ風習が残る「中秋の名月」(十五夜)。今年は3日夜に当たるが、20代の2割強が「聞いたことがない」という実態が、コニカミノルタホールディングス(東京)の調査で分かった。成人が対象だったが、全体でも約1割が知らなかったという。
同社は9月10~11日、埼玉、千葉、東京、神奈川の各都県に住む成人男女にアンケートを実施し、516人から有効回答を得た。
その結果、「中秋の名月」という言葉について、全体の10.5%が「聞いたことがない」と回答。内訳は20代21.1%、30代10.9%、40代5.4%で50代以上が4.6%だった。「聞いたことはある」は全体で53.1%、「意味も知っている」は36.4%で、いずれも年齢が上がるにつれ深く理解している傾向がみられた。
また、「中秋の名月は今年はいつか」と聞くと「知っている」は全体で5.8%にとどまった。「知らない」は22.5%、「何月ごろか知っている」は71.7%だった。
(時事ドットコム2009/10/03-05:28)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009100300065
何だかさみしいなぁと思うのは私だけでしょうか?
このまま行くと、
の句に共感できない時代が来てしまうんじゃないかといった危惧さえ感じます。名月や池をめぐりて夜もすがら 芭蕉
ということで、今日は敢えて「中秋の名月」に因むお話しをざっくばらんにさせていただこうかと存じます。
さて、「中秋の名月」というのは、 旧暦8月15日の月のことです。「十五夜お月様」ですね。
この月を愛でる月見の行事は、平安時代に中国から伝わったと言われています。当時の貴族たちは観月の宴を催し、風情を楽しみました。それが時代が下るにつれ、庶民にまで広まっていったんですね。
また、中国で月餅を供える習慣が日本に伝わり、月見団子となったと言われていますし、十五夜にススキや団子とともに収穫した芋を供えたので「芋名月」とも言われています。
ところで、「中秋」と「仲秋」の違いを御存じでしょうか?
辞書を見てみますと・・・・、
「仲秋」は「陰暦8月のこと」なんですね。陰暦の7月から9月が秋なんですが、その秋を孟秋(7月)・仲秋(8月)・季秋(9月)と分けたんです。「孟」「仲」「季」には、「長男」「次男」「三男」といった意味もあるようです。
これに対し、「中秋」というのは「陰暦8月15日のこと」なんだそうです。ピンポイントで秋の真ん中という意味なんですね。
年間を通じ、何回もある満月ですが、何故8月15日の十五夜だけが特別視されたのか、真相は分かりませんが、時代を超えて万人に広く受け容れられたから、現代にまで伝わっているんだとも思います。
ちなみに、
という読み人知らずの和歌があります。月月に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月
この歌には「月」が8回出てきます。だからこそ見るべき「この月」は8月なんだという歌なんですが、思わずなるほどと思ってしまいますよね。
もう一つ。
数ある難読姓の中に「八月十五日」というのがあります。
何と読むかお分かりでしょうか?
答えは「なかあき」なんだそうです。正に「中秋」ですね。
風情を感じるお月見ですが、実は十五夜以外のお月見もあるんです。
それは「十三夜」です。
陰暦9月13日のお月見のことですが、これは中国にはなく、日本のみの風習なんだそうです。
後の月見とも言われます。
「十五夜」が芋をお供えすることから「芋名月」とも言われるのに対し、「十三夜」は豆や栗を供えることから「豆名月」「栗名月」と呼ばれます。
一説には宇多法皇が九月十三夜の月を愛で「無双」と賞したことが始まりとも、醍醐天皇の時代に開かれた観月の宴が慣習となったとも言われているようです。
また、十五夜の月見をしたら、必ず十三夜の月見もしなければならなく、一方だけの月見は「片月見」として忌まれたなんて風習もあります。
ちなみに今年の十三夜は、10月30日です。
十五夜お月様を愛でた皆さんは、十三夜のお月様もお忘れなく(笑)
お月見につきものの「月見団子」ですが、お供えする団子の数にも色々と慣習があるようです。
15夜は15個、13夜は13個供えるだとか、 一年は12ヶ月なので12個、閏月のある閏年は13個お供えするんだとか、地方によっても異なるようですね。
月と言えばウサギですかね。
うさぎが餅つきしているといいますが、これは仏教説話に由来するようです。
昔、帝釈天が老人の姿で動物たちのところに行き、食べ物を乞うた時、猿は木の実を、狐は魚を取ってきて老人に与えたが、うさぎは何も取ってこれなかったため、自ら火の中に飛び込んで自分の肉を与えたんだそうです。そしてこれを憐れんで、うさぎを月の中に蘇らせたと伝えられています。
今の子供たちはこの話をどのくらい知っているのでしょうかねぇ・・・。
十五夜、十三夜以外にも、月を愛でることは頻繁に行われてきました。
例えば、「待宵(まつよい)」と言うのは、翌十五日の月を待つ宵の意で、陰暦8月14日の宵のことを言います。
また「十六夜(いざよい)」という陰暦十六日。また、その夜のことを表す言葉もあります。
これは「やすらう」の意のイサヨフの名詞形だそうで、十六夜の月が山の端を出ようとして、てまどるのを、イサヨフ(躊躇)と文学的に表現したものなんだそうです。
名月の前後の月を愛でる風情もまたイイですよね。
さらに雑学を蛇足的に付け加えますと・・・
「中秋の名月は満月とは限らない」んです。
1. 旧暦1日(ついたち)の決め方
旧暦の1日は「朔(新月)となる瞬間を含んだ日」ですので、0時0分に朔となる日も、23時59分になる日も同じく「一日」になります。これを考慮すると旧暦15日の月齢は、最小13.0,最大15.0,平均14.0となります。
2. 朔から望までの日数(平均)
朔(新月)から望(満月)までの平均日数は、約 14.76日で、これが本当の満月の月齢の平均となります。これは 1の旧暦15日の月齢平均より0.76日分だけ長い値です。このため、実際の満月は旧暦15日より遅れる傾向があります。
3. 朔と望までの実際の日数
月の軌道が円でないなどの理由から、朔から望までの日数は約13.8~15.8日の間で変化します。
上記1~3の理由が絡み合って、旧暦15日と満月の日付が一致しないことがあります(というか、一致しないことの方が多い)。長い目で見れば1,2の理由から実際の満月は旧暦15日に較べて約0.76日後にずれるはずです。
(暦と天文の雑学 (http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0710.htm))
でも細かい話はどうでもよく、「八月の十五日の月」として「十五夜お月様」であることが重要なんですね。
くどいですがもう一つ蘊蓄を申し上げますと・・・
「中秋の名月は必ず「仏滅」」なんです。
何故か?
六曜の決め方を理解すれば自ずと理解できると思いますので、皆さん一度調べてみてくださいね。
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偉そうな話をしてしまいましたが、我が子が
もうさぎ うさぎ
なに見てはねる
十五夜 お月さま
見て はねる
も「知らな~い」と言ったことが物凄い衝撃でした。。。一、デタデタツキガ
マルイマルイ マンマルイ
ボンノヨウナツキガ
二、カクレタクモニ
クロイクロイマックロイ
スミノヨウナクモニ
三、マタデタツキガ
マルイマルイ マンマルイ
ボンノヨウナツキガ
親として反省しきりですね。
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