先日の国民祭典です。
SSKの通信に原稿を依頼されていましたので、駄文・拙文ですがなんとかしたためました。
多少フライング気味ですが^^;
当日のご報告を兼ねて、以下にUPしておきます。
畏くも今上陛下の御即位二十年を寿ぎまつり、国民挙って祝意を表さうと、即位の礼から満二十年を迎へた十一月十二日、天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟(森喜朗会長)並びに天皇陛下御即位二十年奉祝委員会(岡村正会長)主催の「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」が皇居前広場並びに皇居外苑にて盛大に開催された。第一部「奉祝まつり」と第二部「祝賀式典」の二部構成からなり、ともに三万人もの人々が集ふ盛典であった。
光栄なことに、我々神青協にも運営委員としての助勢依頼があり、主に第一部「奉祝まつり」の奉祝パレード(内堀通り)と奉祝神輿渡御(鍛冶橋通り)に関はる沿道警備等の担当として、春木会長以下、東京、関東地区を中心に全国から一四二名の会員が集ひ、心一つに御奉仕させていただくこととなった。
当日、心配されてゐた雨も上がり、寒いながらもまづまづの奉祝日和。午前十時に東商会館に集合し、事前説明がある。その後各班に分かれて、昼食を採りつつ諸準備並びに最終打ち合はせを行った。その後十分な待機時間があったため、中には宮内庁前での記帳に赴いた会員もゐたやうである。
さて、私自身はパレードの出発地点であるAエリアの沿道警戒管理担当責任者を仰せつかった。何しろ数万人規模の大きな祝典である。全体を把握することは固より困難であるが、観客数とその動き等、その時になってみないと分からないことも多い。また警察当局との折衝の中で、直前まで警備内容が固まらなかったことも相俟って、事前の資料との変更点も多い。不安な気持ちのまま本番を迎へることとなったが、M顧問様より頂戴した神輿渡御札を握りしめ、事故のないことそれだけを祈りつつ、待機時間を過ごした。
午後二時十五分の出発セレモニーに引き続き、午後二時半、いよいよパレードが始まる。別会場では奉祝神輿渡御や全国郷土展も始まってゐる。全国各地のお祭りが一堂に会し、壮観な眺めである。いつの間にか沿道には人、人、人の波が押し寄せてゐる。Aエリア担当の我々の仕事の第一は、観客と歩行者の衝突等の危険を回避すること、即ち歩道の確保であったが、幸いにも十分な歩道幅があり、混乱は生じなかった。ただ、皇居内の記帳所への入り口も同エリア内にあったため、その導線を確保することには神経を注いだ。
またスタッフの帽子とIDカードを身につけてゐるため、「○○はどこですか?」「○○は何時からですか?」といふ質問が多く、警備といふより、案内誘導係のやうな奉仕内容であった。事実、途中から、第二部の受付も始まり、Cゲートの入り口が受け持ちエリア内に設置されると、Cゲートから入場する人とパレード観覧者、記帳へ行く人、隣接する来賓受付に行く人等が交錯し、その仕分け誘導に多忙を極めた。特に記帳入り口が分かりづらかったのは難点であった。案内のプラカードのやうなものがあれば幾らか助かったかも知れない。何はともあれ、スタッフはそれぞれに経験を積んでゐる神青協会員である。臨機応変に適切な対応で、午後四時半、無事に第一部を終へることが出来た。
午後五時からの第二部・祝賀式典には事務局の御配慮により、我々も会場内への参入を許された。各界各層のお祝ひのメッセージ披露に奉祝演奏。そしてクライマックスは申すまでもなく、両陛下の「お出まし」そして「お言葉」である。
午後六時半すぎ、すっかり暗くなった皇居前広場。東京駅の方角には高層ビルの美しい夜景が広がる。会場を埋め尽くす約三万の人々の手により一斉に奉祝提灯に火が灯される。全員が起立し、いよいよ出御。二重橋の上に両陛下がお立ち遊ばされると一斉に打ち振られる日の丸小旗に奉祝提灯。何とも言葉にならない感激の瞬間である。
総理祝辞に奉祝歌、そして君が代斉唱。気温は十二度、二重橋の上もさぞかしお寒いことであらう。既に三十分以上経ってゐる。にも拘らず、両陛下は直立のままお祝ひをお受け下さってゐる。勿論、会場の我々全員も起立のままである。そして陛下のお言葉。一語一語心に響くお言葉である。「皆さんには寒くはなかったでせうか。」「ありがたう。」会場を包む一体感。正に君民一体の瞬間である。唯只、有り難く、勿体なく、その感動に自づと涙が込み上げてきた。「日本人で良かった。」「日本もまだまだ捨てたモンぢゃない。」さう思へる瞬間であった。
平成の 皇御代を 寿ぎまつり かたじけなさに 涙こぼるる
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