黒き心を無くして、丹き心を以ちて、清潔く斎慎み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし、右を右とし、左に帰り右に廻る事も万事違ふ事なくして、太神に仕へ奉れ。
元を元とし、本を本とする故なり。
当ブログ管理人の一文字です。
愛知県岡崎市の田舎神主。
融通の利かない頑固者です。
神社のこと、神道のこと、
世の中のこと、日々の出来事、
家族のこと、などなど。
私、一文字が、
気分次第で記していきます。
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「心の宅急便」
毎週火曜日、お昼の12時45分から出演しています^^;
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- 2010年02月の記事
目次
02月23日:竹島の日 【心の宅急便】
02月16日:愛国心 【心の宅急便】
02月09日:針供養 【心の宅急便】
02月06日:雪化粧 【[岡崎天満宮]雪景色】
02月02日:節分の話~その2 【心の宅急便】
02月16日:愛国心 【心の宅急便】
02月09日:針供養 【心の宅急便】
02月06日:雪化粧 【[岡崎天満宮]雪景色】
02月02日:節分の話~その2 【心の宅急便】
| ■■■■■ |
FMおかざき76.3「心の宅急便」の72回目の放送です。
先週の「愛国心」に引き続き、ちょっと堅めですが、「竹島の日」のお話です。
昨年もこの時期に同じような話をしていますが、大事なことですから、手抜きだとは言わないで下さいね^^;
----------------------------------------------------------------------
みなさん、こんにちは。
昨日は、平成22年2月22日という「2」並びの日でしたね。
記念切符も発売されていたようですし、当宮にも御朱印を受けられる方もチラホラお見えになりました。
我が家では、子供たちが夜の22時22分22秒になるのを楽しみにしていました(笑)。
何でも全部で「2」が11個。全部足すとこれまた「22」になるんだそうです。
よくもまぁ、2が並んだものですね。
ただこれも「平成」という元号があるからなんですね。
西暦だけではこんな事は楽しめません^^;
改めて有り難いことだと思いますし、これを機会に、多くの皆さんに「元号」をもっと使って欲しいと思います。
話がそれました。
実は昨日の2月22日は、それとは別に意味のある日でした。
昨年も同じような話をさせていただきました。
そうです。「竹島の日」だったんですね。
皆さんご存じでしたか?
「竹島」って分かります?
韓国の人たちは「独島」って呼んでますが・・・。
この「竹島」は我が国固有の領土なんですが、韓国が不法占拠したまま今に至っています。
その状況を何とかしたいと、地元の島根県が立ち上がって、平成17年に「竹島の日」を制定したんですね。
以来毎年、この2月22日に記念式典を開催しています。
私も以前参列したことがありますが、改めて領土問題について考えさせられます。
今年は特に政権交代してから初めての式典ですから、新政権の対応が注目されていましたが、案の定、政府関係者、民主党の国会議員の出席はゼロだったようです。
実に情けないことだと思います。
当日、平野官房長官は記者会見で、「この問題は我が国の立場を堅持しつつ、粘り強く韓国に訴えていく」としながらも、政府として改めて記念日を制定することについては、「現時点では考えていない」とコメントしたそうです。
また、昨年末に発表された高校の指導要領解説書からは、「竹島問題」の記述自体が削除されており、非常に鳩山政権の弱腰の姿勢が明確になっています。
さらに、最近民主党議員へのヤミ献金で話題になった北教組が「竹島は韓国領だ」と主張したことが報じられ、それが韓国内で大きく取り上げられたということもありました。
現在開催中のバンクーバーオリンピックの会場でも、韓国側は、韓国領「独島」を大々的に世界にPRしているようです。これに対する日本政府の抗議は一体どうなっているのでしょうか???
色々な資料を読んでみれば、竹島が我が国固有の領土であることは間違いありません。
韓国側が不服なら、国際司法裁判所で、白黒決着をつければ良いだけです。
韓国がそれに応じるよう日本政府は断固とした姿勢を示さなければなりません。
韓国が領有権を主張し「独島」と呼ぶ島は、「竹島」ではありません。
「竹島」は「松島」と呼ばれた時期もありましたが、「男島」「女島」からなる夫婦島です。
けっして「独島」ではないんです。そこからして矛盾があります。
韓国側の主張が正しいのなら、正々堂々と国際司法裁判所で平和的に争えば良いんです。
武力で不法占拠する韓国のやり方はフェアではありません。
皆さんはいかがお考えでしょうか。
この問題を解決するには、政府の努力も大切ですが、やはり世論の盛り上がりも不可欠です。
小さな島の問題と笑って済ますわけにはいきません。
膨大な排他的経済水域に関わる問題です。
海洋国家の日本にとってはまさに生命線と言えましょう。
そして、米軍は守ってくれません。
先日の国会質疑の中でも明らかになりました。
米軍基地の移設先にでもなれば別でしょうが^^;
物理的にそれは無理ですね。
是非皆さんに関心を持って戴きたいと思います。
そして、子供たちにもちゃんと教えて行かなくてはいけません。
やっぱり、それしかないでしょうかね。
----------------------------------------------------------------------
昨年お話しした内容を纏めたものはこちら。
やはり手抜きでしたかね^^;
先週の「愛国心」に引き続き、ちょっと堅めですが、「竹島の日」のお話です。
昨年もこの時期に同じような話をしていますが、大事なことですから、手抜きだとは言わないで下さいね^^;
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みなさん、こんにちは。
昨日は、平成22年2月22日という「2」並びの日でしたね。
記念切符も発売されていたようですし、当宮にも御朱印を受けられる方もチラホラお見えになりました。
我が家では、子供たちが夜の22時22分22秒になるのを楽しみにしていました(笑)。
何でも全部で「2」が11個。全部足すとこれまた「22」になるんだそうです。
よくもまぁ、2が並んだものですね。
ただこれも「平成」という元号があるからなんですね。
西暦だけではこんな事は楽しめません^^;
改めて有り難いことだと思いますし、これを機会に、多くの皆さんに「元号」をもっと使って欲しいと思います。
話がそれました。
実は昨日の2月22日は、それとは別に意味のある日でした。
昨年も同じような話をさせていただきました。
そうです。「竹島の日」だったんですね。
皆さんご存じでしたか?
「竹島」って分かります?
韓国の人たちは「独島」って呼んでますが・・・。
この「竹島」は我が国固有の領土なんですが、韓国が不法占拠したまま今に至っています。
その状況を何とかしたいと、地元の島根県が立ち上がって、平成17年に「竹島の日」を制定したんですね。
以来毎年、この2月22日に記念式典を開催しています。
私も以前参列したことがありますが、改めて領土問題について考えさせられます。
今年は特に政権交代してから初めての式典ですから、新政権の対応が注目されていましたが、案の定、政府関係者、民主党の国会議員の出席はゼロだったようです。
実に情けないことだと思います。
当日、平野官房長官は記者会見で、「この問題は我が国の立場を堅持しつつ、粘り強く韓国に訴えていく」としながらも、政府として改めて記念日を制定することについては、「現時点では考えていない」とコメントしたそうです。
また、昨年末に発表された高校の指導要領解説書からは、「竹島問題」の記述自体が削除されており、非常に鳩山政権の弱腰の姿勢が明確になっています。
さらに、最近民主党議員へのヤミ献金で話題になった北教組が「竹島は韓国領だ」と主張したことが報じられ、それが韓国内で大きく取り上げられたということもありました。
現在開催中のバンクーバーオリンピックの会場でも、韓国側は、韓国領「独島」を大々的に世界にPRしているようです。これに対する日本政府の抗議は一体どうなっているのでしょうか???
色々な資料を読んでみれば、竹島が我が国固有の領土であることは間違いありません。
韓国側が不服なら、国際司法裁判所で、白黒決着をつければ良いだけです。
韓国がそれに応じるよう日本政府は断固とした姿勢を示さなければなりません。
韓国が領有権を主張し「独島」と呼ぶ島は、「竹島」ではありません。
「竹島」は「松島」と呼ばれた時期もありましたが、「男島」「女島」からなる夫婦島です。
けっして「独島」ではないんです。そこからして矛盾があります。
韓国側の主張が正しいのなら、正々堂々と国際司法裁判所で平和的に争えば良いんです。
武力で不法占拠する韓国のやり方はフェアではありません。
皆さんはいかがお考えでしょうか。
この問題を解決するには、政府の努力も大切ですが、やはり世論の盛り上がりも不可欠です。
小さな島の問題と笑って済ますわけにはいきません。
膨大な排他的経済水域に関わる問題です。
海洋国家の日本にとってはまさに生命線と言えましょう。
そして、米軍は守ってくれません。
先日の国会質疑の中でも明らかになりました。
米軍基地の移設先にでもなれば別でしょうが^^;
物理的にそれは無理ですね。
是非皆さんに関心を持って戴きたいと思います。
そして、子供たちにもちゃんと教えて行かなくてはいけません。
やっぱり、それしかないでしょうかね。
----------------------------------------------------------------------
昨年お話しした内容を纏めたものはこちら。
やはり手抜きでしたかね^^;
FMおかざき76.3「心の宅急便」の71回目の放送です。
ちょっと堅めですが、「愛国心」のお話です。
----------------------------------------------------------------------
みなさん、こんにちは。
今日は「愛国心」の話をします。
「愛国心というのは、文字通り「国を愛する心」です。
自分の国を大切に思う気持、祖国愛ともいいますね。
日本人なら、日本という国をを愛する心です。
数年前の教育基本法改正の議論の中で、この「愛国心」が焦点になりました。
「愛国心」を盛り込むかどうかということですね。
私自身は、おかしな事だと思うのですが、どうも「愛国心」=「軍国主義」という刷り込みがあったり、国旗国歌の日の丸・君が代に対し、異常な嫌悪感を抱く方もいるようです。
そのこともあってか、戦後「愛国心」を育む教育が避けられてきたのも事実でしょう。
しかしながら、「愛国心」は「国を愛する心」です。
日本人が「祖国日本を愛する心」です。
何にも悪いものじゃないですよね。
もっとも、この場合の「国」というのは「国家権力」や「政府」を意味するわけではありません。
裁判などでは「国」=「日本政府」ということになりますが、そんな限定的な意味での「国」ではありません。
四季折々の美しい自然に満ち溢れた国土と、皇室を中心とした悠久の歴史の中で育まれた伝統文化、そしてそこに脈々と息づく勤勉な日本国民。全部ひっくるめて「日本という国」なんです。
「愛国心」というときの「国」は、まさにこのような「国」ですね。
一言で言えば、やっぱり「ニッポン大好き」という素直な気持ちが「愛国心」です。
「愛国心」というのは、教育で教えるものではない。という意見があるのも承知しています。
「愛国心」が教えられるものではなく、自ら育むものだというのも分かります。
しかしながら、今まではこの「愛国心」の醸成に悪影響を及ぼすような教育がなされてきたことが問題だと思っています。その最たるものが自虐史観に基づく歴史教育でしょう。
教育においては、「日本が如何に悪い国だったか」を強調して教えるより、「日本という国はこんなに素敵な国だ」と教える方が、遙かに良い成果をもたらすことに間違いはありません。
さて、今、バンクーバーオリンピック真っ直中ですね。
日本選手の活躍を心から期待しています。
頑張って欲しいですね。
この日本選手を応援する気持ちこそ、愛国心の素直な発露と言えます。
オリンピックと言えば、先日スノーボードの國母選手の服装問題が話題になりました。
一言で言えば、TPOの感覚、常識の欠如なんでしょうが、記者会見での態度も悪い印象を与えてしまいましたね。
確かに、あのようなファッションをする若者を最近良く目にします。
着こなしと言いますが、私にはだらしないとしか見えません。
服装の乱れは、精神の乱れにも通じます。
本来、スポーツは厳格なルールと礼節に則って行われます。
スポーツマンシップですね。
そのことを考えれば、やはり彼も考えが足りなかったんでしょうね。
今回の國母選手の問題で、思わず、長野五輪で表彰式国旗掲揚の時に帽子を取らなかった里谷多英選手を思い出しました。
彼女も国旗掲揚の時に脱帽するという常識を知らなかったんです。
ちなみに、このシーズン、当神社にも合格祈願のご祈祷に多くの学生さんがお参りにみえますが、中には???という服装の子もチラホラいらっしゃいます(笑)。
多いのは、室内で帽子を取らない若者です。
部屋の中、まして挨拶やお辞儀をするときには、帽子をとるのが常識だと思うのですが・・・。
帽子をかぶったままお参りしても・・・・。
それを注意しない(出来ない?)親も親ですね。
こんなことを色々と考えてみますと、常識の欠如というか、教育の荒廃というか。
日本の今のさまざまな病状を端的に表しているような気がします。
そんなこと教えて貰っていない。
そうならそうと早く言えと逆ギレされる世の中です。
道義やモラルはどこに行ってしまったんでしょう?
政治家を見てみても
すべて「知らなかった」で許されるような世の中ですからね。
困ったものです。
言うまでもなく、本来はそうあるべきではありません。
先日2月11日は「建国記念の日(紀元節)」でした。
日本は、神話の時代から連綿と伝わる世界最長の「素晴らしい国」です。その誇りをもって、いつまでも「日本」が「すてきな国」であって欲しいと思いますし、そういう国を子々孫々に伝えていくことが今に生きる我々のつとめだと思います。
これこそ「愛国心」ですね。
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ちょっと堅めですが、「愛国心」のお話です。
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みなさん、こんにちは。
今日は「愛国心」の話をします。
「愛国心というのは、文字通り「国を愛する心」です。
自分の国を大切に思う気持、祖国愛ともいいますね。
日本人なら、日本という国をを愛する心です。
数年前の教育基本法改正の議論の中で、この「愛国心」が焦点になりました。
「愛国心」を盛り込むかどうかということですね。
私自身は、おかしな事だと思うのですが、どうも「愛国心」=「軍国主義」という刷り込みがあったり、国旗国歌の日の丸・君が代に対し、異常な嫌悪感を抱く方もいるようです。
そのこともあってか、戦後「愛国心」を育む教育が避けられてきたのも事実でしょう。
しかしながら、「愛国心」は「国を愛する心」です。
日本人が「祖国日本を愛する心」です。
何にも悪いものじゃないですよね。
もっとも、この場合の「国」というのは「国家権力」や「政府」を意味するわけではありません。
裁判などでは「国」=「日本政府」ということになりますが、そんな限定的な意味での「国」ではありません。
四季折々の美しい自然に満ち溢れた国土と、皇室を中心とした悠久の歴史の中で育まれた伝統文化、そしてそこに脈々と息づく勤勉な日本国民。全部ひっくるめて「日本という国」なんです。
「愛国心」というときの「国」は、まさにこのような「国」ですね。
一言で言えば、やっぱり「ニッポン大好き」という素直な気持ちが「愛国心」です。
「愛国心」というのは、教育で教えるものではない。という意見があるのも承知しています。
「愛国心」が教えられるものではなく、自ら育むものだというのも分かります。
しかしながら、今まではこの「愛国心」の醸成に悪影響を及ぼすような教育がなされてきたことが問題だと思っています。その最たるものが自虐史観に基づく歴史教育でしょう。
教育においては、「日本が如何に悪い国だったか」を強調して教えるより、「日本という国はこんなに素敵な国だ」と教える方が、遙かに良い成果をもたらすことに間違いはありません。
さて、今、バンクーバーオリンピック真っ直中ですね。
日本選手の活躍を心から期待しています。
頑張って欲しいですね。
この日本選手を応援する気持ちこそ、愛国心の素直な発露と言えます。
オリンピックと言えば、先日スノーボードの國母選手の服装問題が話題になりました。
一言で言えば、TPOの感覚、常識の欠如なんでしょうが、記者会見での態度も悪い印象を与えてしまいましたね。
確かに、あのようなファッションをする若者を最近良く目にします。
着こなしと言いますが、私にはだらしないとしか見えません。
服装の乱れは、精神の乱れにも通じます。
本来、スポーツは厳格なルールと礼節に則って行われます。
スポーツマンシップですね。
そのことを考えれば、やはり彼も考えが足りなかったんでしょうね。
今回の國母選手の問題で、思わず、長野五輪で表彰式国旗掲揚の時に帽子を取らなかった里谷多英選手を思い出しました。
彼女も国旗掲揚の時に脱帽するという常識を知らなかったんです。
ちなみに、このシーズン、当神社にも合格祈願のご祈祷に多くの学生さんがお参りにみえますが、中には???という服装の子もチラホラいらっしゃいます(笑)。
多いのは、室内で帽子を取らない若者です。
部屋の中、まして挨拶やお辞儀をするときには、帽子をとるのが常識だと思うのですが・・・。
帽子をかぶったままお参りしても・・・・。
それを注意しない(出来ない?)親も親ですね。
こんなことを色々と考えてみますと、常識の欠如というか、教育の荒廃というか。
日本の今のさまざまな病状を端的に表しているような気がします。
そんなこと教えて貰っていない。
そうならそうと早く言えと逆ギレされる世の中です。
道義やモラルはどこに行ってしまったんでしょう?
政治家を見てみても
すべて「知らなかった」で許されるような世の中ですからね。
困ったものです。
言うまでもなく、本来はそうあるべきではありません。
先日2月11日は「建国記念の日(紀元節)」でした。
日本は、神話の時代から連綿と伝わる世界最長の「素晴らしい国」です。その誇りをもって、いつまでも「日本」が「すてきな国」であって欲しいと思いますし、そういう国を子々孫々に伝えていくことが今に生きる我々のつとめだと思います。
これこそ「愛国心」ですね。
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FMおかざき76.3「心の宅急便」の70回目の放送です。
昨日の「針供養」にちなんだお話です。
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皆さんこんにちは。
「針供養」というのは、「女性が裁縫を休み、古針や折れた針を集めて、豆腐や蒟蒻などにさして供養する」年中行事です。
テレビのニュースや新聞等でも取り上げられることがありますので、ご存じの方も多いと思います。
でも、実際に針供養をされる方は、年々少なくなってきているのでしょうか?
皆さんは、いかがでしょうか?
さて、この「針供養」は、「針に感謝し、裁縫の上達を祈る行事」でもあります。
2月8日に行われることが多いのですが、地方によっては12月8日に行われるところもあります。
「針供養」の有名な社寺といえば、
これ以外にも、全国の社寺で針供養、針まつりが行われたことだと思います。
岡崎天満宮は神社の祭事としては行っていません。
数年前までは、某女子高校の和洋裁部や某企業の洋裁部の皆さんが団体で御参拝になり、御神前で針に感謝する神事を行っていましたが、今は廃部になってしまったようです。
少し寂しい気がしますね。
そもそも「裁縫」「針仕事」は女性にとって重要な役目の一つでした。
神話の時代から、天照大御神さまをはじめ女神さまたちは機織りなどをされています。これは今でも、皇后陛下が養蚕から連綿と受け継いでみえます。
庶民においても「花嫁修業」の大切なものとして、「料理」や「裁縫」が挙げられますね。
江戸時代には「女訓物」「女式目」といった女性の徳目を記したもの(女はかくあるべしといった内容のもの)などを見ても、「裁縫」を婦道の一つにあげています。
私たちの生活に欠かせないものは「衣・食・住」ですが、その最初に「衣」がくるくらいですから、「裁縫」「針仕事」が如何に大切なものであるかは言うまでもありませんね。
ところで「針供養」は何故2月8日(12月8日)なんでしょうか?
これには「事八日(ことようか)」という年中行事が関わっていると考えられています。
「事八日」というのは、「陰暦12月8日と2月8日とに行なわれた年中行事」で、一方を「事始め」、もう一方を「事納め」とするものです。
「こと」には祭祀(おまつり)の意があり、家庭祭祀であるともいわれます。具体的には、年間の農耕儀礼のだったり、正月祭だったりします。その「物忌みの日」という意味合いもあったのでしょう。
この「事八日」の一連の行事の中に、「針供養」が含まれたので、「2月8日」であったり「12月8日」であったりするようです。
「針供養」の方言で面白いものもあります。
「ハリセンボン」ってわかりますか?
お笑いコンビじゃないですよ(笑)
普通「ハリセンボン」というと、フグ目ハリセンボン科の魚のことをいいますが、石川・富山など、北陸地方の方言では「ハリセンボン」=「針供養」のことなんだそうです。
豆腐や蒟蒻に針をたくさん刺した形状からでしょうか。またこの地方では、12月8日が針供養の日のようですが、この日には魚のハリセンボンが、この日に吹き寄せられるという伝承もあるようです。
もう一つ、北陸地方では「針供養」のことを「針歳暮(はりせいぼ)」ともいうようです。
12月8日の「針供養」のことですが、この日に女性の実家から婚家へ大きな大福餅を届ける慣わしがあるんだそうです。
「針供養」→「ハリセンボン」→「針歳暮」でしょうか?
ところ変われば風習も色々で面白いですね。
ちなみに、「裁縫」に関わる禁忌俗信とでもいいましょうか、タブーみたいなものはたくさん知られています。
例えば、・・・
由来は不明ですが、「8日」は先ほどお話しした「事八日」や「針供養」の「8日」からきているのでしょうか。
「寅の日」は分かりませんが、もしかしたら「鬼門(艮 うしとら)」と関係しているかもしれませんね。
これも地方によっては「申寅八日にもの裁つな」というところもあるようです。
「申の日」も出てきました。こちらは「裏鬼門(坤 ひつじさる)」からかもしれません。
他には、
何故だか分かります?
辞書をひけばすぐに分かります。
他にも「出針(でばり)」といって外出直前に針を使うことや、裸で物を縫うこと、朝に針を使うこと、人に針を貸すこと、夜に針を買いに行くことも禁忌であったようです。
更に、着物の袖を縫ったり、袖付けをするときは、両袖を同じ明かりで縫わなければいけないともいわれます。昼と夜の明かりですることは駄目ということですね。袖の片方だけで仕事を中断すると、その着物は不幸をもたらすといわれていたようです。
衿付けも同様だったようです。途中でやめると幸福が逃げてしまうといわれています。
また、できあがった着物を、まず柱に着せると良いいう「着はじめ」の習俗も広く知られています。
話がだいぶそれました。
さて「針供養」で、「豆腐や蒟蒻にさした針は、その後どうするのか?」という質問をうけました。
これも色々あるとは思いますが、塩を掛けて(お祓いをするということですね)錆びさせ、土中に埋めて土に返すようにしたり(針塚のあるところもありますね)、川に流したりします。
間違ってもゴミ箱に棄ててはいけませんね。
この「針供養」ルーツについては、民間習俗と深く関わっていますので、分からないことも多いのですが、その一つに「淡嶋信仰」が考えられます。
和歌山の加太に鎮座する淡嶋神社を中心とする信仰です。
淡嶋神社の御祭神は少彦名命で、医薬の神様。特に女性の病気回復や安産・子授けなどに霊験あらたかで、女性の苦しみを救う神様だとか、裁縫の道を初めて伝えた神様だとも言われています。。
3月3日の雛流しで有名な神社ですから、ご存じの方も多いと思います。
この淡嶋神社には近世、「淡嶋願人」という強力な宣教部隊?がいたそうです。
全国各地を回って、淡嶋大明神の御利益を説いて歩いたと言われています。
その中で、淡嶋神社あるいは淡嶋堂が各地にまつられたようです。
まさに浅草寺の淡嶋堂もそうだったのでしょう。
本地垂迹説(本地仏が神道の神さまに姿を変えて現れたとする考え方)の影響で「少彦名命と虚空蔵菩薩」が習合して広まっていたようです。
だから、淡嶋神をまつる神社や虚空蔵菩薩をまつるお寺で盛んに針供養が行われるんですね。
このように針供養が広まったのは近世、特に江戸時代です。
戦国乱世もおさまり、泰平の世になって、町人たち庶民の生活文化も向上していきます。
その中で、寺子屋などの学問や、子女としての資質を身につける裁縫教室もたくさん開設されました。
そのような流れの中で、針供養が広まっていったことも容易に想像できますね。
しかしながら、最近めっきり行われなくなったのもこの「針供養」です。
ライフスタイルの変化だといってしまえばそれまでですが・・・。
ものを大切にしなくなったのでしょうか?
或いは、裁縫そのものをしなくなった?
家事分担など男女平等の考えの影響なんでしょう?
いずれにしても、「針」という道具に感謝し、ものを大切にする心を養う「針供養」という文化は大切に子供たちにも伝えていきたいですね。
他の伝統行事でも同じ事ですが、現代の我々は改めて「針供養」について見直すことが必要かも知れません。
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昨日の「針供養」にちなんだお話です。
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皆さんこんにちは。
という俳句がありますが、昨日2月8日は「針供養の日」でしたね。色さめし 針山並ぶ 供養かな (高浜虚子)
「針供養」というのは、「女性が裁縫を休み、古針や折れた針を集めて、豆腐や蒟蒻などにさして供養する」年中行事です。
テレビのニュースや新聞等でも取り上げられることがありますので、ご存じの方も多いと思います。
でも、実際に針供養をされる方は、年々少なくなってきているのでしょうか?
皆さんは、いかがでしょうか?
さて、この「針供養」は、「針に感謝し、裁縫の上達を祈る行事」でもあります。
2月8日に行われることが多いのですが、地方によっては12月8日に行われるところもあります。
「針供養」の有名な社寺といえば、
などがありますね。和歌山の淡嶋神社(少彦名命をおまつりしている)
東京の浅草寺(淡島堂で行われる)
京都嵐山の法輪寺(虚空蔵菩薩をおまつりしている)
大阪天満宮(境内社の吉備真備をまつる吉備社で行われる)
これ以外にも、全国の社寺で針供養、針まつりが行われたことだと思います。
岡崎天満宮は神社の祭事としては行っていません。
数年前までは、某女子高校の和洋裁部や某企業の洋裁部の皆さんが団体で御参拝になり、御神前で針に感謝する神事を行っていましたが、今は廃部になってしまったようです。
少し寂しい気がしますね。
そもそも「裁縫」「針仕事」は女性にとって重要な役目の一つでした。
神話の時代から、天照大御神さまをはじめ女神さまたちは機織りなどをされています。これは今でも、皇后陛下が養蚕から連綿と受け継いでみえます。
庶民においても「花嫁修業」の大切なものとして、「料理」や「裁縫」が挙げられますね。
江戸時代には「女訓物」「女式目」といった女性の徳目を記したもの(女はかくあるべしといった内容のもの)などを見ても、「裁縫」を婦道の一つにあげています。
私たちの生活に欠かせないものは「衣・食・住」ですが、その最初に「衣」がくるくらいですから、「裁縫」「針仕事」が如何に大切なものであるかは言うまでもありませんね。
ところで「針供養」は何故2月8日(12月8日)なんでしょうか?
これには「事八日(ことようか)」という年中行事が関わっていると考えられています。
「事八日」というのは、「陰暦12月8日と2月8日とに行なわれた年中行事」で、一方を「事始め」、もう一方を「事納め」とするものです。
「こと」には祭祀(おまつり)の意があり、家庭祭祀であるともいわれます。具体的には、年間の農耕儀礼のだったり、正月祭だったりします。その「物忌みの日」という意味合いもあったのでしょう。
この「事八日」の一連の行事の中に、「針供養」が含まれたので、「2月8日」であったり「12月8日」であったりするようです。
「針供養」の方言で面白いものもあります。
「ハリセンボン」ってわかりますか?
お笑いコンビじゃないですよ(笑)
普通「ハリセンボン」というと、フグ目ハリセンボン科の魚のことをいいますが、石川・富山など、北陸地方の方言では「ハリセンボン」=「針供養」のことなんだそうです。
豆腐や蒟蒻に針をたくさん刺した形状からでしょうか。またこの地方では、12月8日が針供養の日のようですが、この日には魚のハリセンボンが、この日に吹き寄せられるという伝承もあるようです。
もう一つ、北陸地方では「針供養」のことを「針歳暮(はりせいぼ)」ともいうようです。
12月8日の「針供養」のことですが、この日に女性の実家から婚家へ大きな大福餅を届ける慣わしがあるんだそうです。
「針供養」→「ハリセンボン」→「針歳暮」でしょうか?
ところ変われば風習も色々で面白いですね。
ちなみに、「裁縫」に関わる禁忌俗信とでもいいましょうか、タブーみたいなものはたくさん知られています。
例えば、・・・
という諺があります。「寅の日」と「8日」には布を裁ってはいけないというタブーですね。破ると常に不幸がつきまとうというものです。「寅(とら)と八日にもの裁つな、いつも袖(そで)に涙あふるる」
由来は不明ですが、「8日」は先ほどお話しした「事八日」や「針供養」の「8日」からきているのでしょうか。
「寅の日」は分かりませんが、もしかしたら「鬼門(艮 うしとら)」と関係しているかもしれませんね。
これも地方によっては「申寅八日にもの裁つな」というところもあるようです。
「申の日」も出てきました。こちらは「裏鬼門(坤 ひつじさる)」からかもしれません。
他には、
もタブーです。「買い切り裁ち」・・・布を買ったその日のうちに裁つこと
「ひっぱり縫い」・・・二人で一つのものを縫うことや糸の尻を結ばずに縫うこと。
何故だか分かります?
辞書をひけばすぐに分かります。
ともに、死者の衣を縫うことを連想させるからですね。まさに縁起の悪い事なんです。「買い切り裁ち」
死者に着せる帷子(かたびら)は、買った当日に急いで裁つところから、日常には忌みきらう。
「ひっぱり縫い」
死者に着せる白衣を、親類や近隣の女が寄り合い、ひっぱりあうようにして、糸尻はとめないままに縫うこと。いろぬい。
他にも「出針(でばり)」といって外出直前に針を使うことや、裸で物を縫うこと、朝に針を使うこと、人に針を貸すこと、夜に針を買いに行くことも禁忌であったようです。
更に、着物の袖を縫ったり、袖付けをするときは、両袖を同じ明かりで縫わなければいけないともいわれます。昼と夜の明かりですることは駄目ということですね。袖の片方だけで仕事を中断すると、その着物は不幸をもたらすといわれていたようです。
衿付けも同様だったようです。途中でやめると幸福が逃げてしまうといわれています。
また、できあがった着物を、まず柱に着せると良いいう「着はじめ」の習俗も広く知られています。
話がだいぶそれました。
さて「針供養」で、「豆腐や蒟蒻にさした針は、その後どうするのか?」という質問をうけました。
これも色々あるとは思いますが、塩を掛けて(お祓いをするということですね)錆びさせ、土中に埋めて土に返すようにしたり(針塚のあるところもありますね)、川に流したりします。
間違ってもゴミ箱に棄ててはいけませんね。
この「針供養」ルーツについては、民間習俗と深く関わっていますので、分からないことも多いのですが、その一つに「淡嶋信仰」が考えられます。
和歌山の加太に鎮座する淡嶋神社を中心とする信仰です。
淡嶋神社の御祭神は少彦名命で、医薬の神様。特に女性の病気回復や安産・子授けなどに霊験あらたかで、女性の苦しみを救う神様だとか、裁縫の道を初めて伝えた神様だとも言われています。。
3月3日の雛流しで有名な神社ですから、ご存じの方も多いと思います。
この淡嶋神社には近世、「淡嶋願人」という強力な宣教部隊?がいたそうです。
全国各地を回って、淡嶋大明神の御利益を説いて歩いたと言われています。
その中で、淡嶋神社あるいは淡嶋堂が各地にまつられたようです。
まさに浅草寺の淡嶋堂もそうだったのでしょう。
本地垂迹説(本地仏が神道の神さまに姿を変えて現れたとする考え方)の影響で「少彦名命と虚空蔵菩薩」が習合して広まっていたようです。
だから、淡嶋神をまつる神社や虚空蔵菩薩をまつるお寺で盛んに針供養が行われるんですね。
このように針供養が広まったのは近世、特に江戸時代です。
戦国乱世もおさまり、泰平の世になって、町人たち庶民の生活文化も向上していきます。
その中で、寺子屋などの学問や、子女としての資質を身につける裁縫教室もたくさん開設されました。
そのような流れの中で、針供養が広まっていったことも容易に想像できますね。
しかしながら、最近めっきり行われなくなったのもこの「針供養」です。
ライフスタイルの変化だといってしまえばそれまでですが・・・。
ものを大切にしなくなったのでしょうか?
或いは、裁縫そのものをしなくなった?
家事分担など男女平等の考えの影響なんでしょう?
いずれにしても、「針」という道具に感謝し、ものを大切にする心を養う「針供養」という文化は大切に子供たちにも伝えていきたいですね。
他の伝統行事でも同じ事ですが、現代の我々は改めて「針供養」について見直すことが必要かも知れません。
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[岡崎天満宮]雪景色
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FMおかざき76.3「心の宅急便」の69回目の放送です。
今日は田野さんが体調不良でお休み。大島さんがピンチヒッターでお相手してくれました。
先週に引き続き、「節分の話」です。
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明日はいよいよ節分ですね。
先週も「節分」について、・・・
「節分」が年4回あること、
節分行事の起源は、平安時代の追儺の行事であること、
豆まきの話、恵方巻の話などをさせていただきました。
豆まきの時のかけ声といえば、ご存じ「鬼は外 福は内」ですね。
ところがこの「鬼は外、福は内」には、様々なバリエーションがあるんです。
例えば、
「鬼は外」と「福は内」のどちらを先にいうのか?
また、何回ずつ唱えるのか?
2回ずつでしょうか?3回ずつでしょうか?
ところによって、寺社によって実際は様々なようです。
また、「鬼は外」と言わない例もあります。
「鬼は内」とか「鬼も内」というんですね。
え?っとお思いかも知れませんが、例えば鬼に縁のある寺社などです。
鬼藤さん、鬼頭さん、鬼沢さん、鬼塚さん、鬼武さん、九鬼さん・・・などですね。
色々なバリエーションがあるものです。
それはそうと、私自身幼い頃、「福は内」で何故豆を撒くのか?非常に疑問でした。
福の神に豆をぶつける?
福の神が逃げて言っちゃうんじゃないか?
神さまに失礼じゃないか?
とまぁ、素朴な疑問です。
皆さんは、どう答えます?
そもそも、豆まきは「おにやらい」です。あくまでも豆をぶつけるのは鬼に対してなんですね。
「鬼は外」は言うに及ばず、「福は内」の時も豆をぶつけるの対象は鬼なのかも知れませんね。
散供だという説もあるようです。
ところで豆まきで追い払われる「鬼」について考えてみましょう。
「鬼」と聞いて皆さんはどんなイメージを持つでしょうか。
赤鬼・青鬼のイメージでしょうかねぇ。
頭に角があり、トラのパンツ、大きな金棒・・・・
人間生活を脅かす醜悪怪力の想像上の妖怪(ようかい)?が「鬼」ですね。
昔話の桃太郎や一寸法師に登場する「鬼」のイメージです。
実はこれらのような「鬼」のイメージは、陰陽道や仏教の影響をうけて徐々に形成されていったものなんだそうです。
ではもともとの鬼はどうだったのでしょう?
『日本書紀』では、皇威に従わぬ種族を、「邪鬼(あしきもの)、邪神(あしきかみ)」と表しています。
『万葉集』では「鬼」を「しこ(醜)」とか「もの(物の怪)」と訓じています。
辞書によると、
実際、愛知県内でみても
北設楽の「花祭り」の鬼などは、幸福をもたらす「鬼」です。
決して悪い鬼ではありません。
鬼=超人的な力を持つ存在=神に近いものということでしょうか。
また、タン切り飴で有名な、豊橋・安久美神戸神明社の鬼祭の鬼は、愛嬌のある鬼ですね。
このように一口に「鬼」といっても、悪い鬼もいれば、良い鬼やかわいらしい鬼もいるということですね。。
では、豆まきで追い払う「鬼」はどうでしょう。
この鬼は、邪気、疫病、様々な災いごとを象徴する「鬼」だということですね。
目には見えないけれども、様々な災いをもたらすもの、罪や穢れすべてをひっくるめて「鬼」としたのだと思います。
勿論、心の中の悪い心、きたない心も含まれますね。
そしてそれらを祓い清めるのが節分の「豆まき」なんですね。
そして家の中も、身体の中もすっかりきれいに、さっぱりとした状態で、春を迎える。
それが節分行事の根本です。
「節分」の日に行ってこそ意味があるわけです。
ところが近年、「節分」の日に行わない節分行事が目につくようになってきました。
日曜日等に日にちを替えて行う社寺が出てきたということです。
それも有名社寺の節分祭や節分会などです。
どことは言いませんが・・・(笑)
更に、新聞広告やTVコマーシャルも派手に行っているところもありますので、余計目につきます。
少なくとも寺社は「節分」にこだわるべきだと思いますが、いかがでしょう。
しかも芸能人や有名人で客寄せしたり、高価な景品を用意した福引きなど。
いかにも商業主義的な感じがします。
これでは、信仰を基礎とした神事・行事ではなく、単なる商業イベントですね。
恵方巻と同じです。
節分の日に、彼方此方で豆まきが行われ、鬼やらいが行われます。
節分の日に追い出されたたくさんの鬼は、どこに行くのでしょう?。
節分前に豆まきをして鬼を追い払っても、節分に余所で追い払われた鬼がまたやってきてしまうかもしれませんね。
やっぱり節分の豆まきは、節分の日に行うべきだと思います。
もちろん、岡崎天満宮の節分豆まき祭は、節分当日2月3日午後1時から執り行います。
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今日は田野さんが体調不良でお休み。大島さんがピンチヒッターでお相手してくれました。
先週に引き続き、「節分の話」です。
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明日はいよいよ節分ですね。
先週も「節分」について、・・・
「節分」が年4回あること、
節分行事の起源は、平安時代の追儺の行事であること、
豆まきの話、恵方巻の話などをさせていただきました。
豆まきの時のかけ声といえば、ご存じ「鬼は外 福は内」ですね。
ところがこの「鬼は外、福は内」には、様々なバリエーションがあるんです。
例えば、
「鬼は外」と「福は内」のどちらを先にいうのか?
また、何回ずつ唱えるのか?
2回ずつでしょうか?3回ずつでしょうか?
ところによって、寺社によって実際は様々なようです。
ちなみに、岡崎天満宮では、先ず「鬼は外」を3回、次に「福は内」を3回唱えます。○諸国風俗問状答〔19C前〕紀伊国和歌山風俗問状答・一二月・一〇二
「追儺とて大豆を煎、升に入、戸障子を明放し、家の内へ向ひ福は内と三遍、外へ向ひ鬼は外と二遍云ひて、豆を打、是を年男と云ふ」
○慶長見聞集〔1614〕九
「節分の夜鬼は外へ福は内へとおさめ、煎大豆を数へ、船をゑかきて敷なとするを」
また、「鬼は外」と言わない例もあります。
「鬼は内」とか「鬼も内」というんですね。
え?っとお思いかも知れませんが、例えば鬼に縁のある寺社などです。
「福は内」しか言わないところもあるようです。大須観音、成田山新勝寺などですね。●鬼鎮神社(埼玉県比企郡嵐山町) →「福は内、鬼は内、悪魔外」
鎌倉時代の勇将・畠山重忠の館の鬼門除けとして建立したので「悪魔外」。また、金棒を持った鬼が奉納されているので「鬼は内」です。
●元興寺(奈良県奈良市) →「福は内、鬼は内」
寺に元興神(がごぜ)という鬼がいて、悪者を退治するという言い伝えがあります。
●稲荷鬼王神社(新宿区歌舞伎町) →「福は内、鬼は内」
「鬼王」として「月夜見命」「大物主命」「天手力男命」の三神を祀っています。
●天河神社(奈良県天川村) →「鬼は内、福は内」
鬼は全ての意識を超えて物事を正しく見るとされているため、前日に「鬼の宿」という鬼迎えの神事を行い、鬼を迎い入れてから節分会をします。
●金峯山寺蔵王堂(奈良県吉野郡吉野町)→「福は内、鬼も内」
全国から追われた鬼を迎い入れ、仏教の力で改心させます。
●千蔵寺(神奈川県川崎市) →「福は外、鬼は内」
厄神鬼王(やくじんきおう)という神様が鬼を堂内に呼び込み、悪い鬼に説教をして改心させ社会復帰させます。
また、「鬼」字のつく姓の家でも「鬼は外」を避けるようですね。●大須観音(愛知県名古屋市) →「福は内」のみ
伊勢神宮の神様から授けられた鬼面を寺宝としているため「鬼は外」は禁句です。
●成田山新勝寺(千葉県成田市) →「福は内」のみ
ご本尊の不動明王の前では鬼も改心するとされています。
鬼藤さん、鬼頭さん、鬼沢さん、鬼塚さん、鬼武さん、九鬼さん・・・などですね。
色々なバリエーションがあるものです。
それはそうと、私自身幼い頃、「福は内」で何故豆を撒くのか?非常に疑問でした。
福の神に豆をぶつける?
福の神が逃げて言っちゃうんじゃないか?
神さまに失礼じゃないか?
とまぁ、素朴な疑問です。
皆さんは、どう答えます?
そもそも、豆まきは「おにやらい」です。あくまでも豆をぶつけるのは鬼に対してなんですね。
「鬼は外」は言うに及ばず、「福は内」の時も豆をぶつけるの対象は鬼なのかも知れませんね。
散供だという説もあるようです。
ところで豆まきで追い払われる「鬼」について考えてみましょう。
「鬼」と聞いて皆さんはどんなイメージを持つでしょうか。
赤鬼・青鬼のイメージでしょうかねぇ。
頭に角があり、トラのパンツ、大きな金棒・・・・
人間生活を脅かす醜悪怪力の想像上の妖怪(ようかい)?が「鬼」ですね。
昔話の桃太郎や一寸法師に登場する「鬼」のイメージです。
実はこれらのような「鬼」のイメージは、陰陽道や仏教の影響をうけて徐々に形成されていったものなんだそうです。
ではもともとの鬼はどうだったのでしょう?
『日本書紀』では、皇威に従わぬ種族を、「邪鬼(あしきもの)、邪神(あしきかみ)」と表しています。
『万葉集』では「鬼」を「しこ(醜)」とか「もの(物の怪)」と訓じています。
辞書によると、
だそうです。豆まきの方法同様、「鬼」にもいろいろあるんですね。①(「隠(おん)」が変化したもので、隠れて人の目に見えないものの意という)死者の霊魂。精霊。
②人にたたりをすると信じられていた無形の幽魂など。もののけ。幽鬼。
③想像上の怪物。仏教の羅刹(らせつ)と混同され、餓鬼、地獄の青鬼、赤鬼などになり、また、美男、美女となって人間世界に現われたりする。また、陰陽道 (おんようどう)の影響で、人間の姿をとり、口は耳まで裂け、鋭い牙(きば)をもち、頭に牛の角があり、裸に虎の皮の褌をしめ、怪力をもち、性質が荒々し いものとされた。夜叉(やしゃ)。羅刹(らせつ)。
④民間の伝承では、巨人信仰と結びついたり、先住民の一部や社会の落伍者およびその子孫としての山男と考えられ、見なれない異人をさす場合がある。また、山の精霊や耕作を害し、疫病をもたらし人間を苦しめる悪霊をもさす場合がある。
⑤修験道者などが奥地の山間部に土着した無名の者、または山窩(さんか)の類をいう。
⑥(比喩的に用いて)鬼のような性質をもっている人。また、鬼の姿と類似点のある人。
・・・・
【語誌】
1)日本の「鬼」はモノ、シコなどと訓まれて、目にみえない悪しき霊やモノノケを意味していた。死者を意味する中国の「鬼(き)」とは本来異なる概念であったが、かなり早い時期から習合、混同され、「おに」という語の意味する範囲が拡大したと思われる。「今昔物語集」など中世の説話集によると、中国の思想、仏教で説かれる地獄の獄卒や夜叉、陰陽道の悪鬼などの影響を受けて多様な広がりを有していた。
2)元来は姿形の見えない存在とされるが、室町時代には、虎皮の褌に筋骨たくましい体、頭の角、といった型がつくられ、お伽草子などを通じて流布されていった。近世、近代になると、粗暴さや凶悪さを表わすための比喩として用いられることが多くなる。
(日本国語大辞典)
実際、愛知県内でみても
北設楽の「花祭り」の鬼などは、幸福をもたらす「鬼」です。
決して悪い鬼ではありません。
鬼=超人的な力を持つ存在=神に近いものということでしょうか。
また、タン切り飴で有名な、豊橋・安久美神戸神明社の鬼祭の鬼は、愛嬌のある鬼ですね。
このように一口に「鬼」といっても、悪い鬼もいれば、良い鬼やかわいらしい鬼もいるということですね。。
では、豆まきで追い払う「鬼」はどうでしょう。
この鬼は、邪気、疫病、様々な災いごとを象徴する「鬼」だということですね。
目には見えないけれども、様々な災いをもたらすもの、罪や穢れすべてをひっくるめて「鬼」としたのだと思います。
勿論、心の中の悪い心、きたない心も含まれますね。
そしてそれらを祓い清めるのが節分の「豆まき」なんですね。
そして家の中も、身体の中もすっかりきれいに、さっぱりとした状態で、春を迎える。
それが節分行事の根本です。
「節分」の日に行ってこそ意味があるわけです。
ところが近年、「節分」の日に行わない節分行事が目につくようになってきました。
日曜日等に日にちを替えて行う社寺が出てきたということです。
それも有名社寺の節分祭や節分会などです。
どことは言いませんが・・・(笑)
更に、新聞広告やTVコマーシャルも派手に行っているところもありますので、余計目につきます。
少なくとも寺社は「節分」にこだわるべきだと思いますが、いかがでしょう。
しかも芸能人や有名人で客寄せしたり、高価な景品を用意した福引きなど。
いかにも商業主義的な感じがします。
これでは、信仰を基礎とした神事・行事ではなく、単なる商業イベントですね。
恵方巻と同じです。
節分の日に、彼方此方で豆まきが行われ、鬼やらいが行われます。
節分の日に追い出されたたくさんの鬼は、どこに行くのでしょう?。
節分前に豆まきをして鬼を追い払っても、節分に余所で追い払われた鬼がまたやってきてしまうかもしれませんね。
やっぱり節分の豆まきは、節分の日に行うべきだと思います。
もちろん、岡崎天満宮の節分豆まき祭は、節分当日2月3日午後1時から執り行います。
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