黒き心を無くして、丹き心を以ちて、清潔く斎慎み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし、右を右とし、左に帰り右に廻る事も万事違ふ事なくして、太神に仕へ奉れ。
元を元とし、本を本とする故なり。
当ブログ管理人の一文字です。
愛知県岡崎市の田舎神主。
融通の利かない頑固者です。
神社のこと、神道のこと、
世の中のこと、日々の出来事、
家族のこと、などなど。
私、一文字が、
気分次第で記していきます。
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「心の宅急便」
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FMおかざき「心の宅急便」の45回目の放送(8月18日)分です。
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先日8月15日は終戦の日でした。言うまでもなく大東亜戦争終結の日ですが、これは「大東亜戦争終結ノ詔書」の玉音放送がラジオで放送された日なんですね。
(「第二次世界大戦」とか「太平洋戦争」という言葉もありますが、当時日本は「大東亜戦争」と呼称していましたので、この言葉を使います。)
正式に8月15日がいわゆる終戦の日になったのは、昭和57年の閣議決定によります。
この閣議決定により、ことしも全国戦没者追悼式が執り行われました。
いずれにしても、真摯に慰霊と感謝の誠を捧げることが肝要です。
先週もご紹介した愛知縣護國神社では、8月16日に献灯祭が斎行されました。
私自身参列させていただきましたが、境内一面に五千余の雪洞が灯され、暫しの間、御英霊の御心に触れることが出来ました。
県内若手神職の朝日舞という神楽舞が奉納され、愛宗青の青年僧による神前読経が行われたこともご報告させていただきます。
さて、今年の8月15日、靖國神社には、小泉、安倍両氏らを含め、本人出席で計41人(前衆院議員29人、参院議員12人)がおまいりされたそうです。衆院選公示を控え、昨年の53人(衆院40人、参院13人)を大幅に下回ったんだとか。麻生太郎首相は、中国など対外関係などに配慮して参拝せず、鳩山民主党代表は、政権交代後も参拝しないことを明言しています。
本当にこれでいいのでしょうか。
先の大戦において国は、尊い生命を捧げられた数多の戦歿者に対し、永遠に靖国神社にお祀りすることを約束しているはずです。
御英霊はその約束を信じ、家族や戦友に対して「死んだら靖国に会いにきて欲しい」と言い遺して散華されたんです。
国は、戦歿者に対する約束を守る責務があるはずだと思うのですが・・・。
一方で、靖國神社に代わる無宗教の国立追悼施設建設の議論があります。
平成14年以降出てきたものですが、民主党の政策集にもこれが明記されています。
本当に必要な施設なんでしょうか。
まず、間違いなく、政府自ら靖國神社の存在意義を否定することになります。
英霊への冒涜行為とも言えるでしょう。
次に、恐らく厳格な政教分離を念頭に置いているのでしょうが、無宗教の慰霊施設が存在し得るかという問題もあります。
宗教的でない慰霊行為が本当に慰霊たり得るのかという本質的な問題です。
それは単に慰霊のまねごとに過ぎないと思うのは私だけでしょうか。
さらには、仮に特定の諸外国への外交的な配慮であるとするならば、それは日本政府自らが主権を放棄したということに他ならないと思います。
日本の首相がどこに行き、何をするかは、諸外国からとやかく言われる筋合いの物ではないはずです。
もう一つ、いわゆるA級戦犯の分祀論というのもあります。
「霊璽簿から名前を削除するだけだ」という不謹慎極まりない暴論もあるようですが、そもそも戦後、国会が全会一致で戦争受刑者の復権を成し遂げてきたことと矛盾します。
いわゆるA級戦犯とされた方々は本当に罪人なのかを慎重に検証し直すことも必要だと思います。
ちなみに、愛知県の三ヶ根山山頂には、「殉国七士廟」がありA級戦犯として処刑された七名の遺骨が葬られています。
昭和53年に靖國神社に合祀された「昭和殉難者」といわれる14名の方々は次の通りです。
総選挙の結果次第で、どうなるか分からない問題ですが、軽視できない問題ですから、議論の行方をしっかりと見ていきたいと思います。
最後に一つだけ申し上げたいのは、靖國神社では毎日神職が、お供えを捧げ、祝詞を奏し、毎日慰霊のおまいりをしています。
そこにあるのは、形骸化した偽りの慰霊ごっこではなく、本物の慰霊の祈りなのです。
新しく考えられている慰霊施設でそれが果たして可能でしょうか。
多くの方にそのことをご理解いただきたいと思います。
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先日8月15日は終戦の日でした。言うまでもなく大東亜戦争終結の日ですが、これは「大東亜戦争終結ノ詔書」の玉音放送がラジオで放送された日なんですね。
(「第二次世界大戦」とか「太平洋戦争」という言葉もありますが、当時日本は「大東亜戦争」と呼称していましたので、この言葉を使います。)
この詔勅(詔勅というのは天皇陛下の御言葉、「みことのり」のことです)は、昭和20年8月14日の御前会議にて発せられたものです。それを録音し翌15日に放送したわけです。その後9月2日にポツダム宣言受諾の降伏文書に調印し、名実ともに米軍の進駐が始まるわけです。「大東亜戦争終結ノ詔書」
朕深ク 世界ノ大勢ト 帝國ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ 時局ヲ収拾セムト欲シ 茲ニ 忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ 帝國政府ヲシテ 米英支蘇 四國ニ對シ 其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨 通告セシメタリ
抑々 帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ 萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ 皇祖皇宗ノ遣範ニシテ 朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二國ニ宣戦セル所以モ亦 實ニ帝國ノ自存ト 東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ 他國ノ主權ヲ排シ 領土ヲ侵カス如キハ 固ヨリ朕カ志ニアラス
然ルニ 交戰巳ニ四歳ヲ閲シ 朕カ陸海将兵ノ勇戰 朕カ百僚有司ノ勵精 朕カ一億衆庶ノ奉公 各々最善ヲ盡セルニ拘ラス 戰局必スシモ好轉セス 世界ノ大勢亦我ニ利アラス
加之 敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所 眞ニ測ルヘカラサルニ至ル
而モ 尚 交戰ヲ繼續セムカ 終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ
是レ 朕カ帝國政府ヲシテ 共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ 帝國ト共ニ 終始東亜ノ開放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ 遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス
帝國臣民ニシテ 戰陣ニ死シ 職域ニ殉シ 非命ニ斃レタル者 及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ 五内為ニ裂ク
且 戰傷ヲ負ヒ 災禍ヲ蒙リ 家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ 朕ノ深ク軫念スル所ナリ
惟フニ 今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ 固ヨリ尋常ニアラス
爾臣民ノ衷情モ 朕善ク之ヲ知ル
然レトモ朕ハ 時運ノ趨ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ為ニ 大平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ 國體ヲ護持シ 得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ 常ニ爾臣民ト共ニ在リ
若シ夫レ 情ノ激スル所 濫ニ事端ヲ滋クシ 或ハ同胞排儕 互ニ時局ヲ亂リ 為ニ 大道ヲ誤リ 信義ヲ世界ニ失フカ如キハ 朕最モ之ヲ戒ム
宣シク 擧國一家子孫相傳ヘ 確ク神州ノ不滅ヲ信シ 任重クシテ道遠キヲ念ヒ 總力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ 志操ヲ鞏クシ 誓テ國體ノ精華ヲ発揚シ 世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ
爾臣民 其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ
そういえば、甲子園でも、正午の時報直前にプレーを中断し、選手・観客らが1分間の黙祷を捧げますね。「戦没者を追悼し平和を祈念する日」(昭和57年4月13日閣議決定)
1. 趣旨 先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を設ける。
2. 期日 毎年8月15日とする。
3. 行事 政府は、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に、昭和38年以降毎年実施している全国戦没者追悼式を別紙のとおり引き続き実施する。
別紙 全国戦没者追悼式の実施について
1. 全国戦没者追悼式は、天皇皇后両陛下の御臨席を仰いで、毎年8月15日、日本武道館において実施する。
2. 本式典における戦没者の範囲及び式典の形式は、昭和56年の式典と同様とする。
3. 本式典には、全国から遺族代表を国費により参列させる。
4. 式典当日は、官衙等国立の施設には半旗を掲げることとし、地方公共団体等に対しても同様の措置をとるよう勧奨するとともに、本式典中の一定時刻において、全国民が一斉に黙とうするよう勧奨する。
この閣議決定により、ことしも全国戦没者追悼式が執り行われました。
いずれにしても、真摯に慰霊と感謝の誠を捧げることが肝要です。
先週もご紹介した愛知縣護國神社では、8月16日に献灯祭が斎行されました。
私自身参列させていただきましたが、境内一面に五千余の雪洞が灯され、暫しの間、御英霊の御心に触れることが出来ました。
県内若手神職の朝日舞という神楽舞が奉納され、愛宗青の青年僧による神前読経が行われたこともご報告させていただきます。
さて、今年の8月15日、靖國神社には、小泉、安倍両氏らを含め、本人出席で計41人(前衆院議員29人、参院議員12人)がおまいりされたそうです。衆院選公示を控え、昨年の53人(衆院40人、参院13人)を大幅に下回ったんだとか。麻生太郎首相は、中国など対外関係などに配慮して参拝せず、鳩山民主党代表は、政権交代後も参拝しないことを明言しています。
本当にこれでいいのでしょうか。
先の大戦において国は、尊い生命を捧げられた数多の戦歿者に対し、永遠に靖国神社にお祀りすることを約束しているはずです。
御英霊はその約束を信じ、家族や戦友に対して「死んだら靖国に会いにきて欲しい」と言い遺して散華されたんです。
国は、戦歿者に対する約束を守る責務があるはずだと思うのですが・・・。
一方で、靖國神社に代わる無宗教の国立追悼施設建設の議論があります。
平成14年以降出てきたものですが、民主党の政策集にもこれが明記されています。
本当に必要な施設なんでしょうか。
まず、間違いなく、政府自ら靖國神社の存在意義を否定することになります。
英霊への冒涜行為とも言えるでしょう。
次に、恐らく厳格な政教分離を念頭に置いているのでしょうが、無宗教の慰霊施設が存在し得るかという問題もあります。
宗教的でない慰霊行為が本当に慰霊たり得るのかという本質的な問題です。
それは単に慰霊のまねごとに過ぎないと思うのは私だけでしょうか。
さらには、仮に特定の諸外国への外交的な配慮であるとするならば、それは日本政府自らが主権を放棄したということに他ならないと思います。
日本の首相がどこに行き、何をするかは、諸外国からとやかく言われる筋合いの物ではないはずです。
もう一つ、いわゆるA級戦犯の分祀論というのもあります。
「霊璽簿から名前を削除するだけだ」という不謹慎極まりない暴論もあるようですが、そもそも戦後、国会が全会一致で戦争受刑者の復権を成し遂げてきたことと矛盾します。
いわゆるA級戦犯とされた方々は本当に罪人なのかを慎重に検証し直すことも必要だと思います。
1952年6月9日参議院本会議にて「戦犯在所者の釈放等に関する決議」
1952年12月9日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」
1953年8月3日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」
1955年7月19日衆議院本会議にて「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」
戦犯の国内での扱いに関して、それまで極東国際軍事裁判などで戦犯とされた者は国内法上の受刑者と同等に扱われており、遺族年金や恩給の対象とされていなかったが、1952年(昭和27年)5月1日、木村篤太郎法務総裁から戦犯の国内法上の解釈についての変更が通達され、戦犯拘禁中の死者はすべて「公務死」として、戦犯逮捕者は「抑留又は逮捕された者」として取り扱われる事となった。
これにより1952年(昭和27年)4月施行された「戦傷病者戦没者遺族等援護法」も一部改正され、戦犯としての拘留逮捕者について「被拘禁者」として扱い、当該拘禁中に死亡した場合はその遺族に扶助料を支給する事になった。
1952年6月9日「戦犯在所者の釈放等に関する決議」、1952年12月9日「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」、1953年8月3日「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が可決された。そして「恩給改正法」では受刑者本人の恩給支給期間に拘禁期間を通算すると規定され、1955 年には「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」がされた。そして国際的にも、サンフランシスコ講和条約第11条の手続きにもとづき関係11ヶ国の同意を得て、A級戦犯は1956年に釈放された。
A級戦犯として有罪判決を受け禁固七年とされた重光葵は釈放後、鳩山内閣の副総理・外務大臣となり勲一等を授与された。1954年に外務大臣に就任し日ソ国交回復と国連加盟も成し遂げている。また、終身刑とされた賀屋興宣は池田内閣の法務大臣を務めた。更にA級戦犯元被指定者の岸信介は内閣総理大臣になった。ウィキペディアより
ちなみに、愛知県の三ヶ根山山頂には、「殉国七士廟」がありA級戦犯として処刑された七名の遺骨が葬られています。
板垣征四郎 - 軍人、陸相(第1次近衛内閣・平沼内閣)、満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長
木村兵太郎 - 軍人、ビルマ方面軍司令官、陸軍次官(東條内閣)
土肥原賢二 - 軍人、奉天特務機関長、第12方面軍司令官
東条英機 - 軍人、第40代内閣総理大臣
武藤章 - 軍人、第14方面軍参謀長(フィリピン)
松井石根 - 軍人、中支那方面軍司令官(南京攻略時)
広田弘毅 - 文民、第32代内閣総理大臣(近衛内閣外相)
昭和53年に靖國神社に合祀された「昭和殉難者」といわれる14名の方々は次の通りです。
机上で議論する前に、現地に赴き、御霊の声を肌で感じることも大切かも知れませんね。* 板垣征四郎 * 梅津美治郎 * 木村兵太郎 * 小磯国昭 * 白鳥敏夫
* 土肥原賢二 * 東郷茂徳 * 東條英機 * 永野修身 * 平沼騏一郎
* 広田弘毅 * 松井石根 * 松岡洋右 * 武藤章
総選挙の結果次第で、どうなるか分からない問題ですが、軽視できない問題ですから、議論の行方をしっかりと見ていきたいと思います。
最後に一つだけ申し上げたいのは、靖國神社では毎日神職が、お供えを捧げ、祝詞を奏し、毎日慰霊のおまいりをしています。
そこにあるのは、形骸化した偽りの慰霊ごっこではなく、本物の慰霊の祈りなのです。
新しく考えられている慰霊施設でそれが果たして可能でしょうか。
多くの方にそのことをご理解いただきたいと思います。
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